普段(平常時)から、危機(有事)の事を考えておくことは必要~「絆(きずな)」とは何か?~

普段(平常時)から、危機(有事)の事を考えておくことは必要~「絆(きずな)」とは何か?~

おはようございます。

曽野綾子さんの著書『思い通りにいかないから、人生は面白い』に、下の言葉を見つけました。

(以下、本より)

ほんとうの「絆(きずな)」は命と引き換えである。

要するに、自分にとって頼りがいのある人との関係を持つことが絆ではありません。むしろ、苦しむ相手を励まし、労働によって相手を助け、金銭的な援助さえもすることが絆だと思います。
私は、「絆とは、相手のために傷つき、血を流し、時には相手のために死ぬことだ」と教えられました。(中略)
(以上、本より転載)

東日本大震災の直後、私は、若い仲間たちと被災地を支援する「東日本大震災熊本支援チーム」を結成し、支援物資とボランティアを被災地へ送った。私も、震災から3週間後の4月4日~8日にかけ、福島県相馬市から岩手県陸前高田市に、私たちが送り込んだボランティアたちの活動状況の把握と、私自身も半日でしたが物資の運び出しを手伝いました。

4月5日の夜は、石巻市の専修大学キャンパスで車中泊中に大きな余震で目が覚め、4月6日は、現地視察を終えて相馬市に戻り、就寝前の11時40分ごろに、東日本大震災後の最大の余震、震度6強(私の宿泊場所は震度6弱)を体験した。

250人以上が、寝泊まりする体育館が、その余震と津波警報がテレビニュースで流れ、アリーナ内は騒然となった。その放送が流れたら、数名が「◯◯が心配」と車で飛び出した。後で聞くと、「海岸近くの自宅にいた人が心配」と友人を見に行かれたそうです。

あの津波を経験したからこその行動とは思いますが、逆に、津波は怖くないのか、尋ねたくなりました。(その時の津波は、1m以下の高さだったようです)

(以下、本より)
・・・、テレビゲームのようなバーチャルな世界で一人遊びをすることを許された社会で育ち、薄っぺらい人生だけしか見てこなかった人間は、生身の濃厚な人間関係など、どう扱っていいかわからない。(中略)
しかし、今晩から寝るところ、着るもの、食べるもののあてもないほど困った時に助けてくれるのは、経済的に余裕のある人でも権力者でもなく、苦しみと悲しみを知っている身近な人なのです。
(以上、本より転載)

私が宿泊させていただきました相馬市の中学校体育館でリーダー役をやられていた教師は、「福島第一原発から5キロ圏内なので、職場には帰れず、自宅も津波で無くなり、地元の中学校体育館で避難生活をしているので、なるべく過ごしやすい避難所にするため、活動している」と。また、「東北の復興は20年以上、もっと時間がかかる、一世代とも言われる。私の子どもは中学生、この地域の復興を支えていくのは、私たちが担うのは当たり前ですが、ほんとうの復興を支えていくのはむしろ子どもたちの世代なので、我々が頑張る姿を示さなければ・・・」と強い思いを語られたことを思い出します。

東日本大震災から丸7年、まだ仮設住宅にお住いの方も多い、特に帰宅困難区域の方々は、自宅の再建もできない。

>あてもないほど困った時に助けてくれるのは、経済的に余裕のある人でも権力者でもなく、苦しみと悲しみを知っている身近な人なのです。

「絆」とは何か?

曽野綾子の本から、普段(平常時)から、危機(有事)の事を考えておくことは必要な、人生の知恵であり、人間関係(絆)の大切さ、なのだと思いました。

朝から長々と書きました。朝の散歩を休んだ時は、文が長くなります。(笑)

今日も元気に過ごしましょう。

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