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野口修一の公式ブログ
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持続可能な地域と、原子力に頼らない社会を目指して活動します

 これまで色々な活動に関わり、色々な方々と出会い、多様な分野の勉強を続けてきました。建築士として独立して24年、異業種交流会を主催するようになって14年が過ぎ、これからどんな活動をするか考える中で、頭に浮かぶのは、私たちの子孫たちがどんな社会環境で生きて行くのかということです。

・再生力は、1980年代後半に限界を超えた
 地球の再生能力を示す指標「エコロジカル・フットプリント」は、1980年代後半に限界を越え、日々悪化しています。やっと日本政府も、温暖化防止へ向け、世界へメッセージを発信し動き始めました。世界が、持続可能な地球保全のために、一つの方向を向き、動き出したと思います。

−プロフィール写真は、萩市の「松下村塾」前にてー

・熊本地球市民塾と仲間たち
 社会活動のきっかけになった『熊本地球市民塾』塾長の高宗明敏氏から「世界から情報を集め、足もとで行動を起こす」の教示は、今でも私の基本になっています。これまで出会った師友の皆さんと協力し、持続可能な地域を実現するために、グリーン社会の新技術を使い、再生可能なエネルギーを広げ、いつか原子力に頼らない社会を目指して、活動を続けようと思っています。

・持続可能な社会(地域)を実現する
 持続可能な社会(地域)を実現するには、まず自然環境を維持し、生活、経済の社会環境の改善に関心を持ち、自分ができることに参加することが必要と思います。衣食住を他の国々や、地域に依存するのではなく、住む地域での食糧自給を高め、地域の自立力を高めることが、持続可能な地域にする必要条件と思います。

・犯罪を生みにくい社会
 もう一つが犯罪を減らすことも重要と思っています。そのためには、社会的格差から苦境にある人たちに、教育の機会と仕事を提供し、国民一人ひとりが健康的で、豊かな生活が営めるように、地域の理解と新たな取り組みが必要です。再犯者は、言語、教育、貧困、等に多くの原因を持っています。犯罪を生まない社会とは、生活環境による教育格差をなくことが重要と思います。

・日本の自然資源は、世界上位
 日本は、地下資源が確かに少ないかもしれません。しかし、日本の自然資源(太陽、風、海、森林、地熱、等)は、世界上位に在ります。また、江戸時代以来、教育に力を注いで来たから、明治維新を成し遂げ、今の日本を創り上げました。日本の最大の資源は、「人間」そのものと思います。

・すべての人が心豊かな生活ができる社会
 これから、日本が「人間力」を高め、いつか原子力を地球から無くし、再生可能エネルギーだけで、地域社会が成り立つような世界ができればと願っています。私は、人と自然環境が共生し、すべての人が心豊かな生活ができるように、微力ながら活動を続けて行きたいと思います。


・「宇土・市民マニフェスト2010」 (2010.02.21策定)
 http://utoshiminmanifesto.otemo-yan.net/e393753.html
宇土市民有志10名で、5ヶ月かけて策定し、提言をした9分野、170の要望書です。これを基本として、市議会で4年間質問をします。



<行動理念>
〜考えに考え抜いた、悩みに悩みぬいた献身的な市民の小さなグループが世の中を変える〜(マーガレット・ミード)

<ライフスタイル>
LOHAS=Lifestyles of Health and Sustainability
ロハス(健康と持続可能な自然環境を志向するライフスタイル)

<心に沁みる言葉>
「世の人は 我を何とも 伝はば伝へ 我が為すことは
 我のみぞ知る」(坂本龍馬)

「人生の本舞台は常に将来に在り」(尾崎行雄)

「一燈照隅 萬燈照国」(安岡正篤)

<好きな言葉>
明鏡止水、原理・原則(Principle)、尽心、敬天愛人、至誠一貫、質実剛健、 感謝、謙虚、親切

<尊敬する人>
諸葛孔明、王陽明、上杉鷹山、佐藤一斎、横井小楠、坂本龍馬、山田方谷、新渡戸稲造、ガンジー、マザーテレサ、ジョン・F・ケネディ、安岡正篤、

<個人データー>
熊本県宇土市在住 野口修一(56才、建築家)
一級建築士事務所経営 24年目
(問合せ先)Email : noguchi.shuichi.uto.kumamoto@gmail.com
       *facebook、mixi、twitterも活用中

(野口修一後援会事務所)
事務所専用電話 08042803570


市民活動
・NPO法人フューチャー500日本 理事
・東日本大震災熊本支援チーム 事務局長
・熊本横井小楠塾 事務局長
・異業種交流会「四季の会」主宰(年4回、14年目)
・宇土市サッカー協会 会長
・NPO法人熊本県キッズサッカー協議会 理事
・(宇土)車椅子街角探検隊 隊長
・不知火龍馬会 会長

講師
・熊本大学非常勤講師「実践のまちづくり講座」

公務
・宇土市議会議員 1期目

著書
・なかまづくり まちづくり(花書院)


[世界平和と次世代に夢を創りましょう]


(問合せ先)Email : noguchi.shuichi.uto.kumamoto@gmail.com
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(野口修一後援会事務所)
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<ある元ジャーナリストの小言>日本男児は弱くなった?、草食系男子の増加・・

2016/12/01 02:31
<ある元ジャーナリストの小言>日本男児は弱くなった?、草食系男子の増加・・

弱い男が増えたと思う要因

第一、ノーをはっきり言えなくなった

第二、人の言うことを鵜呑みにする人間が増えた

第三、依頼心が強くなった

第四、言い訳が多い

第五、潔(いさぎよ)さがない

第六、決断しない

第七、責任をとろうとしない

第八、プライドがわからない

第九、戦いを想定していない

なるほど!
流石、川北義則氏の指摘は鋭い。

男たち頑張ろう!!
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読書の心構え

2016/11/29 06:55
読書の心構え

精神を収斂(しゅうれん)して、以て聖賢の書を読み、聖賢の書を読みて、以て精神を収斂する。(言志四録・後補録13)

【訳】
心を引き締めて聖人・賢者の書物を読み、聖人・賢者の書物を読んで心を引き締める。これは修養のための読書の心構えてある。

毎年開く本があります。日々持ち歩く数冊の本があります。毎日開く本があります。数日おきに開く数冊の本があります。

そういう本は、小説や雑誌や評論ではありません。文書も短く、日々の暮らし、生活、あるいは仕事での出来事に、反省を促し、やる気を起こさせ、志を新たにする様ような言葉が並んでいます。

人生やるぜよ!

我が心の選択(洗濯)を、日々・毎日しなければ、心はしおれていきます。心を起こすには、古くからの名著、名言、訓示、教示、等々、言い方はありますが、毎朝、日々の寸暇を見つけては、本を開く、その繰り返ししか、私の心身の鍛錬を導く方法は無いような気がしています。

本日の朝読書は、渡辺五郎三郎編著『佐藤一斎一日一言』の5月19日の訓示でした。
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<今日の一言>克己の工夫は一呼吸の間に在り。〜佐藤一斎〜

2016/11/29 06:52
<今日の一言>克己の工夫は一呼吸の間に在り。〜佐藤一斎〜

おはようございます。おとといの雨の中でのフットパスは、坂道等でけっこう踏ん張ったりして、日ごろ使わない筋肉を使っているようで、すこし筋肉に緊張感が残っています。

また、昨日の午前中は、母が2月に他界しているので、年賀状をご遠慮いただくように、年末までに出さなければいけない挨拶ハガキを300枚宛名書きしたりと、日ごろしない作業で、考えることも多く、今朝の頭の回りが悪いので、今朝の一言は、佐藤一斎の『言志四録』からにしました。

克己の工夫

「克己の工夫は一呼吸の間に在り」

【訳】
自分の邪志に打ち勝つ工夫は、「ここだ」という一呼吸の瞬間があり、それを積み重ねて一生を築いていくのである。

昨夜の経済産業省が主催した、地方創生の人材育成プログラム「再生エネルギー・人材育成研修」(略称:再エネ地域人材育成事業「まちエネ大学」)には、地域で活動する個性派の30数名が
集まっていました。

語る中に、社会を変えたい思い、自らを進化させたい志、もともと縁ある人、新たなご縁となりそうな人、それぞれにこれからの人材の工夫へのチャレンジに、「再エネ大学」に九州各地から参集していました。

日々の悶々とした思いを打開(チャレンジ)しに来ているのだなと感じながら、昨夜は自宅まで、震災後の迂回路回り、夜10時過ぎに帰宅しました。

このようなセミナーに参加するようになって25年、色々なセミナー、場面で、様々方々に出会ってきました。「人生は出会い」そのの場に行くか行かないか、その踏み出す一歩で、人生の転換点につながってきたように思います。

「克己の工夫は一呼吸の間に在り」

決断するまえに一呼吸、ただ決めたら即行動を起こす。昨日のセミナーで「思い立ったら、行動し、仲間を作って継続する」の意味の事を講師が語っておられました。私はそれにもう一つ必要な要素があると思っています。それは、始めた方に、人を惹きつける魅力があるか? です。

高い志は、周りからするととても心地良い香り(魅力)かあるそうです。その香りを維持し続けるには、言い出しっぺのリーダーが、常に向上心を失わず、克己の工夫をし続けることが必要な気がします。

本日の言葉、私自身も襟を正して読まなければと、朝から思っています。そろそろ、朝活の準備です。
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<忙中有閑>お忙しい人は、「心が亡ぶ」即ち「人間の心を失った人」と捉えている。〜深澤賢治〜

2016/11/26 05:15
<忙中有閑>お忙しい人は、「心が亡ぶ」即ち「人間の心を失った人」と捉えている。〜深澤賢治〜

おはようございます。今朝は、日々の私の生活に在ります。朝目覚め、朝の読書、朝の思案の時間です。変わり映えしない、毎日になりました。

先月末、東京で東洋哲学の私塾「中斎塾」を開かれている深澤賢治先生から熊本地震の支援活動支援の義援金が送られてきました。驚きと感謝、その志に感銘を受けました。

深澤賢治先生のことは、以前に書きましたが、社会活動の指導を受ける東京の木内孝氏の父で、経済学者の木内信胤氏の晩年の言葉を整理解読しておられる方で、平成の陽明学者と尊敬している方です。

その方の著書『陽明学のすすめ』シリーズの「人間学講話、安岡正篤・六中観」の中にあった言葉をご紹介します。

〜以下、「六中観私観」本より転載〜

最近ある人が「お忙しい所」と挨拶をしたので、
「お忙しい所と挨拶するのは、極力控えた方が良いでしょう」とつい言ってしまいました。理由を聞かれたので、
「お忙しいという言葉から、私はすぐに次の事を連想するので・・・・」
一、もう世の中で役に立たなくなった人
一、あの世が近づいた人
一、人としての心がなくなり、ギスギスしている人
いずれにせよ「心が亡ぶ」即ち「人間の心を失った人」と、捉えているとお話しました。その時、
「では挨拶する際、どのように言えば良いか」と聞かれ、「ご多用中の所とか、貴重なお時間を割いて戴き、とか言えば良いのでは・・・・」と答えました。
言葉とは難しいものだと思います。しかし、言葉は言霊(ことたま・ことだま)なので、人の考え・行動を、根っこの所で左右すると考えています。
心して、使いたいものです。(中略)
(以上、本より)

私の周りににも、超多忙な方がおられ、中々昼間はお会いできない。しかし、その方は仕事前の早朝に、セミナーを開催しておられ、そのセミナー開催前後を有効に人と会う時間に使われています。多忙の中の工夫で「閑」は作れるものです。

陽明学の『六中観』の中のひとつ「忙中有閑」とは、人間は自分の意志で時間をコントロールできるというメッセージです。

〜以下、「六中観私観」本より転載〜

(誰にも)一瞬心が冴え渡り、しみじみとものごとを深く考える一刻が訪れ(ハッと気付き)ます。その瞬間が「閑」です。有難いことに「閑」が訪れてくれるその一瞬は、実に深く深く心の奥底まで見えるような氣がします。その瞬間は、深く広いと感じます。
(以上、深澤賢治先生の「六中観私観」より)

深澤賢治先生は、お忙しい所と挨拶する人の心に、ゆとり(「閑」)はあるか?

「目先の仕事に追われていれば、“心が亡ぶ”、自らの意志を持って日々の時間・行動調整を試みる(工夫する)ことを忘れてはいけない」

深澤賢治先生の『陽明学のすすめ』シリーズの「忙中有閑」の解説を読み、今年の私の生活を振り返りました。

休みの朝の読書は、これから年末に向けた、多用な中での行動を考える機会になりました。今日も、長文を読んでいただき感謝いたします。
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<知足とは?>富は物にあらず、貧しい人と富める人の差と何か

2016/11/25 06:24
<知足とは?>富は物にあらず、貧しい人と富める人の差と何か

おはようございます。今朝、寒いですね。

さて、こんな一文があります。

「身体を苦労させて心を安楽にしている者を、貧しい人という。心を苦労させて身体を安楽にしている者を、富める人という。天の高いところからこれを見れば、どちらが得でどちらが損かわからない」

今頃は、プロ野球選手の契約更改時期、金額のことは記者発表しないのに、なぜか契約金額が画面に示される不思議な、テレビ報道に思います。まっ、トップ選手の契約更改の金額は、庶民感覚にはわからないものです。

プロ野球から転向し、プロゴルフ界のドンのような方が、お正月にの特番に必ず出ておられたが、事業が振るわず最近はワイド番組のこぼれ話にも上がらなくなって久しい。今何をされているのか。

一生青春の代表のような、加山雄三氏も若くして映画のトップスターになり、時の人としてちやほやされる中で、事業を起こしたが失敗して多額の借金をして、長い年月をかけて返済したと知りました。

何が幸せか、何が不幸か、その一瞬の輝きにばかり目を奪われてはならないなと思います。

佐藤一斎の『言志四録』の一文に、

「物に余り有る、之を富という。富を欲する心は即ち貧なり。物の足らざる、之を貧と謂う。貧に安んずる心は即ち富なり。貧富は心にありて、物に在らず」

日本の生活理念に「足るを知る(知足)」がありますが、欲の求めには際限がありませんが、知足を知るものは、心に豊かさを持ち、周りへは好感の空気を醸し出すことができるように思います。

富めるは一瞬なり、「貧富は心にありて、物に在らず」、天から見れば、どちらの生活が豊か? たまに、朝から考えるのも意味があるのかもしれません。
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仕事は毎日たいへん! と思います。日々嫌なことも起こる “辞めたい!” と、グッと飲み込んで仕事に!

2016/11/06 07:46
仕事は毎日たいへん! と思います。日々嫌なことも起こる “辞めたい!” と、グッと飲み込んで仕事に打ち込む。

それが大人ぞ、それが男ぞ!

がこれまででした。しかし最近は、パッと仕事を辞める若者が増えた。そうか? 昔も続かない人はいたが、仕事は様々にあった。

最近見なくなった仕事
・駅の弁当売り
・金魚や風鈴うり
・自転車やバイクの魚売り
・置き薬

最近減った仕事
・ガソリンスタンドの店員
・会社の事務員
・駅の貨物の仕分け
・駅の切符売り

時代が変われば仕事も変わる。
あなたは、職場が嫌になったら何を砦(逃げ場)にしますか。

作家の曽野綾子さんの本『思い通りにいかないから人生は面白い』に、

「最後の砦」を用意しておく

の見出しで、会社が嫌になったらどうする? についてあった。

(以下、本より抜粋)

女房と子供のためには、今の仕事を辞めるわけにはいかない、という人も多いでしょう。でも、それだけでは、あまりにもいたましい。犠牲だけの人生というのは、何かウソめいたものを感じます。(中略)
贅沢を言わなけるば、逃げ道はたくさんあるはずです。今の生活を落としたくないと思うから、他の選択肢がなくなるのです。基本素朴な衣食住を確保すると、どうにか生きていける。家族は反発するかもしれませんが、そこで学び、成長することもあります。
(以上、本より)

私が設計事務所の修行時代、ある先輩から「一級建築士を取っても、足の裏に着いたご飯粒?」と諭された。意味は、職員は実力の世界、一級とっても意味はない。その裏に返せば、資格は独立してこそ意味を持つと。

そう言った先輩は、独立して35年になられました。自ら砦を築き維持してこられました。私も同様で、楽な生活ではありません。しかし、一つしかない砦は、貧しいながらも家族を養い、今があります。妻は、私の仕事を自由業と言います。そうかもしれませんが、やりがいはあります。

中国古典の訓示から学んだことは、
「安穏な生活には、成長はない」、厳しいからこそ成長する。

長々となりました。久しぶりに日帰り温泉に来てます。家人は、ゆっくりのようで、暇つぶしに本を読んでいます。
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<顔と言動>人間は謙虚さをなくすとタチが悪い。破格の抜擢は、おおむね悪である。(ラ・ロシュフコー)

2016/11/06 07:40
<顔と言動>人間は謙虚さをなくすとタチが悪い。破格の抜擢は、おおむね悪である。(ラ・ロシュフコー)

おはようございます。昨夜は早くに休み、変な時間に目が覚めてしまいました。

枕元の本を開くと、愛読する谷沢永一氏の本『名言の知恵、人生の知恵』に、フランスの作家のラ・ロシュフコーの『箴言集』を紹介しています。

「自分の本来の顔で生きる」より、

「人それぞれ、境遇と才能にふさわしい顔がある。その顔をやめてほかの顔をすれば必ず失敗する。自分にとって自然な顔を心得て、それを置き忘れず、できるだけよい顔にしようと努めなければならない」

と、初めの言葉のがあり、まとめのところを読むと、

(以上、本より抜粋)

千人もの人が愛すべき長所を持ちながら嫌な感じを与え、千人もがそれ以下の才能しかないのに好感を与える。そのわけは、一方はありのままの自分でないものに見られようとし、他方は見えるとおりの人間だからである。そして結局われわれは、自然からどんな利点もしくは不利な点を与えられているにせよ、自分の身分や境遇にふさわしい顔、声、挙動、気持に即していればいるほど好感与え、そこから遠ざかるほど嫌な感じを与えるのである。
(以上、『名言の知恵、人生の知恵』より)

言葉の解説に次のような意見がありました。

(以下、転載)

ここでは、顔と挙動(態度)というのはことを取り上げているが、人間は、「精一杯努力したのにそれに応じた待遇を受けないとき」と「破格の抜擢にあったとき」に人間性の危機に陥りやすい。前者は重い屈しての危機、後者は思い上がっての危機である。中でも怖いのは後者。人間性ががらりと変わり、周りに対しても横柄になってしまいがちである。破格の抜擢によって、自己を過剰評価しすぎるために、人間性が崩壊してしまうのである。破格の抜擢は、おおむね悪である。
(以上、本より)

人間、爪先立ちの人生は、そう長くは持たない。踵(かかと)を、しっかりと地に付け、地道に自らの能力、人間性に合わせて歩むことこそ、自らの人間性か周りに理解される。

本日は、ラ・ロシュフコーの言葉を頭に置き、人と接したいと思います。その気持ちがあれば、周りにいる人の爪先立ちの様子(破格の抜擢と態度)も見えてくるのかもしれないですね。
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