<北前船の盛衰>時代、事件、天変地異で、人生は浮き沈みして来た歴史を学ぶことは大切。社会は常に変化している。

<北前船の盛衰>時代、事件、天変地異で、人生は浮き沈みして来た歴史を学ぶことは大切。社会は常に変化している。

今朝は、朝出るの会社遅いのですが、明治時代より以前のアジアは、大陸が中心で、日本人は、太平洋を挟んだアメリカを知らなかた。

「新日本風土記」で、近代の北前船の富豪たちの話が取り上げられていました。

その航路を見て思ったのは、"江戸時代は、日本海側が物資流通の本ルートだったのか!"と思いました。

現代は、物流の本ルートは、北九州から瀬戸内、大阪は、北前船のルートですが、大阪-名古屋-東京、さらに東京-仙台-函館-札幌は、今で言う太平洋ルートになっています。

1853年のベリー来航から167年、江戸時代は、日本海側が物資のルートだったが、明治、大正、昭和と物流は、海から陸路に移り、列車輸送からトラック輸送は変化し、中央集権化から人も都市に集中していき、特に大都会東京を中心とする関東圏に多くの人が集まり、その密集の中で、新型肺炎の原因のコロナウィルス感染が広がり続けている。

早く、便利に、集約化して来た現代社会、今回のコロナウィルス感染症も、時代、事件、天変地異から、社会に変化を起こし、それを克服することで、さらなる発展があるのだろうと思います。

地球環境に詳しい企業家の木内孝氏は、「地球温暖化は、これまでになかった新たなウィルスを生み出すだろう」と10年ほど前に予言されていました。

時代も社会もどんどん変化しています。今生きる人々、これから生まれる人々は、時代、事件、天変地異に合わせて、生き延びていかなければならないのが宿命です。

みんなで協力して、コロナウィルスに打ち勝ちましょう!

話の始まりは北前船でしたが、なぜか最後は、やはりコロナウィルスですね。

財政力に格差、財政調整基金残高:東京駅8427億円、福岡県128億円、佐賀県148億円、熊本県17億円

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財政力に格差、財政調整基金(いざという時の金)残高:東京駅8427億円、福岡県128億円、佐賀県148億円、熊本県17億円、の数字から、特に熊本県は熊本地震後の復旧復興に投入された災害復旧対策費が嵩んで、余裕がなくなっていた。

新聞記事から、なんと京都府の基金残高2105万円、人口が1番少ない島根県は165億円と、日頃の自治体運営のあり様が分かります。

無い袖は振れない!

西郷隆盛が訓示した「政治は危機管理」の意味を噛みしめることになった。財政調整基金いわゆる「いざという時の金」に対する県民の考え方が違うな!と思いました。

やはり、知事や市町村長の考え方、議会の議員の議論も検証していくことの大切だと学んだ、今日の共同通信記事です。私自身も地方議員として財政の考え方はとても大切なことと記事から再確認します。

<一生勉強>「我(が)はある・強いが、相手の気持ち・境遇を考える度量はない」〜曽野綾子語録から〜

<一生勉強>「我(が)はある・強いが、相手の気持ち・境遇を考える度量はない」〜曽野綾子語録から〜

(長文です。お時間ある時にお読みください)

 おはようございます。朝ウォーキングの時間に目覚め、昨夜の天気予報だと小雨予想でしたが、歩けるか?期待を込めて窓を開けたら、やはり小雨が落ちていて、残念な気持ちになりました。なかなか、天気は思うようにはなりません。

 さて、せっかく目覚めたので、また寝るのももったいないので、昨日の続きで、枕元の曽野綾子さんの本『魂を養う教育   悪から学ぶ教育』を開きました。この本は、曽野さんの教育に関する文を集めたものです。

その中で、2005年8月に出版された曽野綾子著『悪の認識と死の教え』にある一文というか、一言を拾ってみました。

(以下、本より抜粋)

 しばしば人間は、悪い運が、自分ではなく人のところに行ったということに、密かに安堵や幸福感さえ覚えるのである。
 しかし教育はそのような素朴さを放置してはいけない。自分が受けなかった苦しみでも、自分が受けたのとできるだけ近い程度に感じることができるようにならなければならない。それは強烈な想像力・創造力を養うことで、初めて可能になる知的作業である。
 今も昔も、日本人が他民族より優れているかもしれないと思われる点は、自動的に相手の立場を思いやって行動することが可能な点であった。
(以上、『悪の認識と死の教え』より)

曽野綾子さんの15年前の言葉です。

 9年前、日本人というか、世界の人々が衝撃を受けた東日本大震災が起こりました。津波が街や農地、人を呑み込みました。その風景を"まるで映画のよう"と思った人は多いと思います。しかし、現実です。

>自分が受けなかった苦しみでも、自分が受けたのとできるだけ近い程度に感じる

あの被災した風景を見て、多くのボランティアが現地へ足を運びました。中には、そのまま移り住んで活動した人もいます。

 今、新型コロナウィルスの感染が、世界に拡大して、日本も急速に広がっています。

 まだ中国で広がっていた時、やがて日本に来るだろうと恐怖を覚えた。それが、急にイタリアから始まるヨーロッパのパンデミックになり、次にアメリカに拡大し、そして今、東京から急速に感染が拡大している。

 多くの人が、最悪のシナリオを描いていると思います。しかし、そんな中で、まだ感染者を出していない岩手県は、未だに"他所ごと"の意識から、マスクは売れ残るという。

 "明日は我が身"と、人とは考えないものだと思います。

>強烈な想像力・創造力を養うことで、初めて可能になる

この意識は、やはり体験無くしては、生まれないものだと、これまでのコロナウィルス感染の拡大に伴う、私も含めた人の行動を振り返ります。

また以下の言葉も、曽野綾子著の本にありました。

(以下、本より抜粋)

 最悪の人間関係は、お互いに人の苦しみには関心がなくて、自分の関心にだけ人は注目すべきだと感じることである。反対に、最高の人間関係は、自分の苦しみや悲しみは、できるだけ静かに自分では耐え、何も言わない人の悲しみと苦労を無言のうちに深く察することができる人同士何付きあうことである。
(以上、『悪の認識と死の教え』より)

>自分の苦しみや悲しみは耐え、人の悲しみと苦労を深く察する人

これは人の生き方、哲学なのですが、

我(が)はある・強いが、相手の気持ち・境遇を考える度量はない。

これを学ぶのが"教育"なのだと、曽野綾子さんの文から、ほんと!"人間一生勉強"だな、と思います。

外は、また雨音が強まり、風も出てき荒れ模様のようです。今日もコロナ感染者数が気になる朝です。

(最後まで、ご笑覧いただきありがとうございました)

<コロナ禍>「無事は有事の如く、有事は無事の如く」(西郷隆盛)

<コロナ禍>「無事は有事の如く、有事は無事の如く」(西郷隆盛)

「人が時流に適応できるかどうかだ」〜空海〜

外は雨音をたてているので、今朝は雨かと気付かされます。枕元の本『空海  人生の言葉』に、冒頭の言葉がありました。

【現代語訳】
私、空海は聞いています。
「道が栄えるか廃れるかは、
 人がその時流に対応できているかどうかだ」と。

[原文]
右、沙門空海聞く、道の興廃は人の時と時に非(あら)ざるとなり。

世界を恐怖に陥れ、命の危険と生活困窮に追い込んでいる新型コロナウィルス感染症は、未だに広がり続けています。

とうとう(やっと)全国に非常事態宣言と同じ要請を首相が出した。これは、飲食店だけでなく、多くの店舗を窮地に追い込むが、その意味を国民みんなが理解してはいるが、明日の仕事がない、月末の支払い、納税の義務は有る、そこから、店をたたむか、どうかの瀬戸際の状況です。

ここで問われるのは、政府の国民に対する支援だと思います。平時は、国民の繁栄から税金が集まり国を動かせます。しかし、国家の危機、国民の命の危機を前にして、国は何をしなければいけないか。

政府は、国民の生命、財産を守るために何をすべきか、

また、国民も国民として何をすべきか、問われるし、考えなければならない。

この危機的状況の中で、トップの発言は、国民の生命、さらに将来を左右することにつながります。ただ、無計画の発言では、国を混乱させます。

同じ空海の言葉に、以下があります。

【現代語訳】
まったく不思議なことは、
リーダーのたった一言が、
人をして賤しくもし、尊くもするのだから。

[原文]
奇なる哉君王一糸の命、人をして一賤また一尊ならしむ。

トップは、危機になった時に何を発言するのか。トップの言動は、その国そのものに影響する。

危機になった時こそ、トップ(リーダー)な真価が、問われます。

明治維新の元勲西郷隆盛は、若い志士に「政治は危機管理」と語っています。

順調な時(平時)に、危機(有事)の準備をしておき、危機の時は、その計画を淡々と遅滞なく実行する。

西郷隆盛は、以下の訓示を残しています。

「無事は有事の如く、有事は無事の如く」

 これは、禁門の変(蛤御門の変)の指揮を取る長州の志士、久坂玄瑞を語ったと言われています。西郷隆盛は、久坂玄瑞を評して「お地蔵さんのようだ」と、敵としながらの敬意を持っていたと言われます。

これは、トップだけでなく、一般人も、歴史を学び、出来事は繰り返されると思い、常に危機を想定し準備しておくこと、危機になったらその準備(計画)を遅滞なく実行するだけ、と西郷隆盛が語っています。

国家的危機であるコロナ感染症、国民の生命と財産を守るために、政府には全力をあげてコロナウィルス対策を遅滞なく実行してほしいです。

<コロナ戦争>非常事態は全国的に協力が必要となってきた気がします。全国臨戦態勢が必要!

<コロナ戦争>非常事態は全国的に協力が必要となってきた気がします。全国臨戦態勢が必要!

東京の患者増加のペースは、周りを引きずる形で、増え続けることになってきた。患者の居なかった島根県では、クラスターが発生した。

とにかく、手洗い、うがい、三密の場所に行かない、作らない。

毎日、全国で400〜500人が増え続ければ、1週間後には1万人を超える。WHOからも、対策の遅れを指摘されている。海外の状況を見て、その体制づくりを急がないと、GDPの2割の経済対策どころではなくなる危機感を、持つ必要があります。

まさに、"コロナ戦争"の状況になってきた。政府の強力な自粛から禁止(都市封鎖)を布かないと、終息には向かわない気がします。

<コロナ禍>フリーランス(自営業)の支援策をどこまで国は考えているのか?

<コロナ禍>フリーランス(自営業)の支援策をどこまで国は考えているのか?

昨日、宇土市内の飲食店の方と語る中で、ふと自分の建築設計の仲間たちを思い浮かべた。

私のような一人親方的な設計事務所は、県下全域に数えきれないくらいいます。

飲食店のように、毎月の売りげがあると、「前年の同月の売り上げが、半分になった」と被害状況を出せますが、設計の報酬は、普通、まず話が来て、計画を提案し、何度か修正をして、プランがある程度まとまったくらい、やっと「契約はしてもらえますか?」となります。

設計期間は、それぞれです。
一昨年のお寺の修復は、話が来たのは、4年前の震災直後の5月始め、仕事は2年後に始まりました。それは、宮大工さんが忙しく、丸2年待つことになった。
昨年やった寺の修正工事は、丸3年後から始まった。

要は、前年の同月の減少など測れないのが設計の世界です。しかし、今回のコロナウィルス感染症は、確実に売り上げを落とします。どの分野でも同様です。

では、フランス政府のコロナ支援策についてメディアが、「収入が減った人への直接支援も同様ですが、大企業、中小企業までは良いですが、その企業から外注を受けている自営業(フリーランス)には、支援は届かないだろう」と分析していました。

たぶん、日本はもっと来ないだろうと、仲間たちは諦めています。せめて、子育て家庭の支援を、充実させてもらえれば、違った形での救済になるとの意見です。

こんな意見を知ってもらい、いろいろところでひろめてもらえるとありがたいです。

<コロナ禍>「塞翁が馬」の故事を思い、災難を乗り越える陰陽説の「循環の思想」とは? 

<コロナ禍>「塞翁が馬」の故事を思い、災難を乗り越える陰陽説の「循環の思想」とは? 

この苦難は、必ず乗り越えられる!

世の中も、自然も、最盛期があるが長くは続かない。天地の法則とは何か?

<以下『孫臏兵法』より>
極まれば衰え、満つれば欠ける。これは日月の運行によって示される。
興と廃がある。これは四季によって示される。
勝と不勝がある。これは五行によって示される。

>極まれば衰え、満つれば欠ける。
とする「循環の思想」が、中国人の中に力強く生き続け、彼らの人生を支えてきた。
(以上、『中国人の発想80の知恵』より)

循環思想の2つ「陰陽説」と「五行説」

「陰陽説」というものは、陰と陽の二気の存在を認め、その交替・循環によって、天地間のもろもろの現象を説明するもの。
「五行説」というものは、陰陽説の代わりに五行ーー土、木、金、火、水をもってきて、循環によってもろもろの現象が起こるとする説。

中国人4千年の歴史は、戦乱や自然災害に苦しめられ、汚職官史の収奪によって痛めつけられてきた。民衆の生活は、苦しみの連続であった。彼らは、そんななかでも"いずれは良いこともあるさ"としぶとく生き抜いてきた。「循環の思想」は、こういうしたたかな処世の知恵となって息づいてきたのである。

私は、中国古典の故事が過ぎて、雑学的に読んできました。時折、中国思想を体系的にまとめた本も手にしますが、私の頭では理解できずに、最後まで読めずに終わる。そこは、中国人と日本人の違いがあるからだろうと思います。

「循環の思想」を思うに、私の生きた61年間にも、人の浮き沈み、経済の好景気不景気、事業家の盛衰、等々あった。
オイルショック、第二次オイルショック、バブル経済と平成不況、リーマンショック、他にも栄枯盛衰の物語を見てきました。

私自身、独立したらバブル経済がはじけて、厳しい生活が始まり、長く耐えて今があります。

大正7年のスペイン風邪(新型コロナウィルス感染症)の後、大正バブルで世界は大きく経済が活況となったが、その後1929年のニューヨークの株暴落から、暗く厳しい時代となった。

人生は良かったり、悪かったり、そう考えると、「循環の思想」はまんざらでもない訓示と言えます。

世界経済は、日本のバブル崩壊後も、ずっと膨張し続けて来た。中堅國(旧途上国)が力を付け、先進国を追いかけてきた。アフリカも成長してきた。人類は、膨張し続けている。このままだと、人の住む場所がなくなってしまうのでは?

星に移住することもありうる?

SDGsが叫ばれている。持続可能な世界、経済活動も含め考えが広がっている。
しかし、アメリカを率いるトランプ大統領は、「経済、経済」と、日本の安部首相も同様だった。

今回のコロナウィルス感染症は、地球という"神様"が、警鐘を鳴らしているのでは?、とも思ったりします。

日本政府の「自粛要請」に、東京都民の13%の人たちは、"しない"と言っているらしい。地球からの警鐘を聞こうとしない人たちには、『塞翁が馬』の考えからすると不幸が回ってくることになる。

この苦難(コロナ禍)を、全国民が協力しないと、短期では終息させれない。国民の自覚と協力が問われていると思います。

いずれは良いこともある「循環の思想」を忘れずに、自粛要請に応えましょう。

長々と書きました。最後までお読みいただき感謝します。