人生は長くても100年、歴史は無限大、学ぶことは山ほどある。~歴史書の読み方~

人生は長くても100年、歴史は無限大、学ぶことは山ほどある。~歴史書の読み方~

昨夜寝る前に読んだ本『佐藤一斎一日一言』の4月19日のページは、

・歴史書の読み方

でした。その文章の末尾に以下の言葉がありました。

(以下、本の現代語訳より)

そして歴史書をよむときには、その年代を追うのではなく、人の心の動きと事物の変化に目をつけるがよい。
(以上、本より抜粋)

幕末・明治初期に活躍した陽明学者で政治家の山田方谷は、唯一の弟子となった河井継之助に、

「地域に学ぶ人がいなくなったら、全国から師を探せ、それでもいなければ世界に師を求め、それでもいなければ歴史(偉人)に学べ」と帰郷する河井継之助に訓示しています。

もし自分を変わり者と思ったとき、誰に師事するか?、地域に師がいなければ、全国から、それでもいなければ世界から、それでもいなければ歴史上の人物から。

偉人だけでなく、変わり者もちゃんと存在するのが歴史。史実ばかり追っていては歴史は面白くない。その歴史上の出来事に登場する人物一人ひとりの心情、関わる人たち生業や生活、風潮から見るのもとても楽しい。
「へーっ、昔もこんな人がいたんだ!」
と発見することもある。

理財の天才と言われた山田方谷を検証した伝記本『炎の陽明学』を読むと、ただの学者ではなく、茶目っ気もあり、こんなミスもしたり、でも全国の青年たちが教えを請いに集まる学者でもあった。

歴史書とは面白いし、さらに歴史の現場を訪ねるのは、さらに理解を深めます。

生産年齢人口が17年で1割減、大人の引きこもり61万人、何か日本社会がおかしいような?

生産年齢人口が17年で1割減、大人の引きこもり61万人、何か日本社会がおかしいような?

地方は深刻な働き手不足
外国人労働者者の枠組み拡大
若者人口の大都市圏集中
戦後ベビーブーム世代の高齢化
特に都市圏の深刻な少子化
・・・・

上げれば、いくつも出てくる日本社会の人口問題ですが、今朝の新聞記事を読み、そーか!と思いました。

「やはり日本のバブル経済は、生産年齢人口がピークの時だった!」

と今更ながらに気づく遅さ!
明治維新ころは、日本の総人口が3千万人くらいだった。以来、増え続けて昭和から平成に変わるころをピークとして(地方ではもっと以前から)人口が減り始めた。

でも、これって学者はだいぶ前から分かっていたのではないか。

国の進める経済優先の政治姿勢に水を差さないために口を噤んでいたのではないか、ともに振り返ります。

政治は、将来起こるだろう問題を慮って、先手先手と手を打つことが必要と思いますが、今の日本政治は、「経済優先」を掲げて、人口減少対策を怠ってきた感を持ちます。

少子化なのに、保育問題(待機児童対策、子育てて支援、等々)か、日本は遅れている。

でも、このような問題も、自らの周りに起こらないと気づかないし、言動にも出ない。

学者や政治家の危機意識の低さが、現代の民衆受けする政治に陥っているのかもしれない。でま、古代ローマのような結末を日本は辿って欲しくないな、と願っています。

「人が自ら勉め励んでいるときは、心は光輝き、眩いくらいに明るい」(言志四録、後録3)

「人が自ら勉め励んでいるときは、心は光輝き、眩いくらいに明るい」(言志四録、後録3)

朝から読んだ本『佐藤一斎一日一言』から、幕末の志士の一人・橋本左内の志に感銘を受けました。

「立志」とは、とても大切な心の在りようです。佐藤一斎も、以下のことを語っています。江戸期の日本人とは、このような言葉を書いていたのか、と感心します。

(以下、『佐藤一斎一日一言』より)
自彊(じきょう)不足の時候、心地光光明明(こうこうめいめい)なり、何の妄念遊思(もうねんゆうし)か有らん。何の嬰塁罣想(るいけいかいそう)か有らん。

【現代語訳】
人が自ら勉め励んでいるときは、心は光輝き、眩いくらいに明るい。そこには妄念も怠け心もまったくない。また、心にまとわりつく気がかりや憂いもまったくない。

*(注)
嬰類:まといつく憂い
罣想:気にかかる悩み
(以上、本の解説転載)

本の解説の末尾に、幕末の志士の橋本左内の『啓発録』のことが紹介されていました。

◎橋本左内が15歳の時に書いた『啓発録』に、「自ら勉め励む気を生むのは立志であり・・・」を誓っている。

15歳、私の15歳は何もこのようなことは考えず・・・、いかに教育とは大事か、考えさせられる佐藤一斎の訓示と思います。

人間、志はとても大事だ!と思います。

来たる3月20日、宇土市民会館で、北海道の下町ロケットの開発者で企業家の植松努氏の講演会が開催されます。「夢(志)を持ちひたむきに努力することの大切さ」を語られる講演ですが、橋本左内ではないですが、夢(志)を持てる世の中にしなければ、と、思った朝です。

<心を育てる言葉>「足し算の幸福」と「引き算の幸福」の違いとは~曽野綾子~

<心を育てる言葉>「足し算の幸福」と「引き算の幸福」の違いとは~曽野綾子~

おはようございます。今朝は、未明から雨なので、朝のウォーキングはお休みです。

さて開いた本『思い通りにいかないから人生は面白い』(曽野綾子著)に、

「不満を感じない幸福な生き方」は誰でも容易にできる

の見出しで、足し算の幸福、引き算の幸福についてのページがありました。

曽野綾子さんが、日本財団の運営に関わっていた頃、アフリカを訪問したことから、

(以下、本から抜粋)

・・・、干ばつに襲われた年のエチオピアで、地べたに座り込んだまま、まわりに生えていた草をむしって食べていたのを見て以来、どんなもの食べてもごちそうだと思います。(中略)

日本は、山があるおかげで水に恵まれています。・・、しかし、砂漠地帯に行けば、水の貴重さがよくわかります。(中略)

私たち日本人は、水汲みに行く必要もなく、水道の蛇口をひねれば水があるれるように出て、飲める水でお風呂に入っている。・・、自分の努力でもなく、そういう贅沢をしていられる国にたまたま生まれさせていただいた。この幸せを考えないではいられません。
(以上、本より)

「足し算の幸福」
自分にないものを数えあげるのではなく、今あるものを数えて喜ぶ。

「引き算の幸福」
水も電気も医療もすべて与えられて当然、思っているからありがたみがまったくない。常に百点満点を基準にするから、わずかでも手に入らないとマイナスを感じる。

何か事を起こすと、完璧を求めて準備しますが、結果は期待ほどなかった時、ガクッと気持ちが落ち込む。

でもこれが、どこまでやれるだろう、少しでも来客があると嬉しいな?と準備して、結果が良ければ、嬉しいものです。

どちらも事を起こすことですが、最終結果の受け止めが大きく異なる。どちらもチャレンジすることですが、多くの人が思いはあるが事を起こさないままに終わっている。

私のフットパス普及活動、手づくり作家作品展示交流会は、先の見越しはまったくない中で、手さぐりで続けています。苦労してやっていると出会いがあり、知恵も出てくる。これは「足し算の幸福」の考え方だろうと思います。

行動に起こせない人は「引き算の幸福」にばかり目が行き、一歩が踏み出せないのでは?

朝から長々と書きました。自分の残された人生をどう活かすかする時、「足し算の幸福」をら目指す方が、苦労はあれど人生が楽しいような気がします。

前進し続けられたのは、自分がやることを愛していたからだ。~スティーブ・ジョブズ~

前進し続けられたのは、自分がやることを愛していたからだ。~スティーブ・ジョブズ~

おはようございます。今日から、寒波が再来するようで、朝目覚めてひんやりとした空気に、シャキッとなります。

さて、朝読書でスティーブ・ジョブズ氏の名語録を開いていて、以下の言葉を読み入りました。

(以下、本より転載)

スティーブ・ジョブズは、こう振り返っている、
「人生では時折、レンガで頭を殴られるようなこともあります。それでも自信を失わないことです。私が前進し続けられたのは、自分がやることを愛していたからです。自分が愛せるものを見つけなくてはなりません。これは、恋愛と同様、仕事についても当てはまることです。自分が素晴らしい仕事だと考えることをやるのが、本当に満足する唯一の方法なのです。まだそれを見つけていないなら、探し続けましょう」
(スタンフォード大学でのスピーチから)

言葉の中で、心に留まったのは、

>自分が素晴らしい仕事だと考えることをやるのが、本当に満足する唯一の方法なのです。

“本当に満足する唯一の方法”

好きこそものの上手なれ。

私は、ものづくりが好きで、建築設計の仕事をやってきました。なかなか大儲けはありませんが、建物が完成した時は、“この仕事でよかった!”と38年を振り返ります。

また、ライフワークになっきた異業種交流会も、人との出会いを楽しみにやって、もう22年になります。見方を変えると、フットパスも異業種の方との出会える交流会なのかもしれない、と思ったりもします。

ぼちぼち、今日も行動開始です。

世間の悪評は願ってもないこと。いわれもない非難と闘っている限り人間は堕落しない。逆境こそ人は成長する

世間の悪評は願ってもないこと。いわれもない非難と闘っている限り人間は堕落しない。~逆境こそ人は成長できる~

(少々長文です。お時間ある時にお読みください。)

おはようございます。「人の噂も75日?」はウソだという経験を過去4年させられました。市議会議員の2期目の選挙結果(最下位)から、「野口は次は出ない」という噂があったそうです。それを鵜呑みにして、平気で私に言った者がいました。

私は、「市議に出る時に語った公約を実現しない限り決してやめない」と明言しているのに、噂(悪評)を語るのは、世間が好きなことを経験しました。

曽野綾子の著書『自分の顔、相手の顔』に次の一文があります。

(以下、本より転載)

誰でも自分の評判というものは気になるものだ。しかし評判ほど、根拠のないものはない。私以外に私の細やかな事情を知っているの人はないのに、その知らない他人が私のことを言っているのだから、評判が正しいはずはないのである。それでいてその評判に動かされる人が多い。世間というものが眼に見えない力で圧力をかけるのである。
(以上、本より)

誰でも噂は好きなのです。私は、なるべく人の噂話には加わらないように努めてはいますが、やはり周りから「〇〇は、こんなドジをしたが聞いているか?」と確かめる(噂の確認)のをしてくる人は多い。噂話は好きだなぁ、と思います。

まして市議選挙となると、人を馬にたとえた競馬競争みたいなもので、噂の商品価値が高いようで、75日くらいで終わらないのです。

私は、最初の公約5つの内2つがまだ実現できてないので、三期目もやる気満々で動いていることを知らない人たちの噂(悪評)は尽きることない。

また曽野綾子の著書『湯布院の月』に、次の一文があります。

(以下、本より)

「世間の悪評」が、誰もほんとうに知らないままに先行しているという状態は、むしろ人間にとっては願ってもないほどいいものなのです。そのようないわれのない非難と闘っている限り、人間は堕落しないで済みますし、勇気に溢れているものなのです。
(以上、本より転載)

私は、この“根拠ない噂(悪評)”との闘いが4年続きました。でもその噂があったから、再選できたのかもしれない、と最近思い起こします。曽野綾子さんの言われる、

>いわれのない非難と闘っている限り、人間は堕落しないで済ますし、勇気に溢れているものなのです。

を経験しました。人は、逆境に在ってこそ、鍛われるのだなぁ、と痛感します。

最初の公約5つのうち4つが実現しつつあり、残り一つも先が見えてきています。またどんな課題が出てくるかわかりませんが、我が道を行くのみです。

話が長くなりました。ぼちぼち起きて、今日も一日が始まります。

*引用資料:曽野綾子編著『敬友録「いい人」をやめると楽になる』

言動はくれぐれも慎重にせよ。饒舌すぎると逆効果。~お調子者には要注意~

言動はくれぐれも慎重にせよ。饒舌すぎると逆効果。~お調子者には要注意~

言葉は慎重に、有頂天になったら足下が、おぼつかなくなる。人は注目を集めると、偉くなった気になる。そこが、注意である。

私の論語仲間の先輩は、20年来のお付き合いですが、『易経』に造詣が深く、色々指導を受けてきました。その一つが、以下の教示です。

(以下、『四書五経の名言録』より)

言行は君子の枢機なり。枢機の発は栄辱の主なり。言行は君子の天地を動かす所以なり。慎まざるべけんや。(易経)

【現代語訳】
言論と行動は、君子にとってきわめて重要な要素であり、それのいかんによって栄誉を得るか恥辱をこうむるかが決まってくる。君子の言論と行動は、天地を動かすほどの力をもっている。くれぐれも慎重にしなければならない。
(以上、本より)

一つのブームや、国民挙げたスポーツイベントに関わり、その中心的役割、テレビ・新聞に露出すると、勘違いを起こすこともあります。

「私ってすごいのでは?」

宇土市の地域起こしに長く関わっておられる大先輩に若い頃、次のような言葉をいただきました。

「活動は伝染するような広がりが大事、一気に盛り上がるのではなく、みんなの生活・仕事の1%を地域起こしに使って欲しい」

要は時間かかかるということです。花火は上げる人はいますが、長く継続できる人は少ない、と良く言われます。

まず、軽はずみな言動は、人の価値をあっという間に下げるのです。リーダーは訥弁、喋り過ぎは、要注意人物、「うまい話には裏がある」ですね。

>言行は君子の天地を動かす所以なり。慎まざるべけんや。

以外に身近な周りにも、いるものです。私も昨夏に、足をすくわれそうな経験をしました。お調子者には、要注意!

*参考資料:守谷洋訳著『四書五経の名言録』