<なかまづくり>市民活動30年、初めは一人の参加者でした。建築は、建築専門学校から40年(独立して31年)。

<なかまづくり>市民活動30年、初めは一人の参加者でした。建築は、建築専門学校から40年(独立して31年)。

始まりは、横井小楠を学ぶ会に飛び入り(新聞記事を見て)参加した。以来、安いセミナー、大学の公開講座に参加するようになります。さらに九州7つの新聞社が共同して開催した2泊3日の「九州平成義塾」(参加費3万円)が大分市で開催されるのを知り、一人九州横断バスに乗り参加しました。そこから、人の輪が九州全域に広がることになります。

横井小楠と松前重義の理念を学ぶ「熊本地球市民塾」(主催は九州東海大学の高宗昭敏教授)に、1年間毎月欠かさず参加しました。講義がおもしろいのと、そこに参加する方々が個性的で活動している方ばかりで、後座の話がはるかにおもしろかったのです。

熊本地球市民塾は、2年目から、各地に出かける"手前講義"をしたり、地域づくりのイベントに加わり、3日連鎖セミナーをやったりと、活動範囲が広くなっていきます。いつの間にか、事務局を手伝うようになり、いつも受けにいる人になりました。

5年もすると、「高宗先生の受付けでしたね」と記憶してもらうことになりました。高宗先生の様々な活動に付いて行くので、熊本の各界のリーダーたちにも逢わせていただきました。今は、それが財産になっています。高宗先生の活動のお手伝いは、市議になっても続けました。先生が体調崩されてからは、できなくなりましたが、約20年様々な市民活動に関わってきました。

私が主催した市民活動、地域づくり、仲間づくりは、私の著書『なかまづくり まちづくり』(花書院)に、88の実践報告をまとめていますので、興味ある方はご笑覧ください。

仲間づくりは、これからも続くことと思います。古くは、小中学校の同級生、高校のサッカー仲間、建築専門学校の建築関連の技術者たち、さらに独立して、設計コンペのチャレンジで生まれた建築のネットワーク、横井小楠から始まった市民活動で、歴史検証、車椅子街角探検隊(バリアフリーチェック)、男女共同参画社会づくりでの出会いからスペシャルオリンピックスに参加し、障害者支援にも参加するように。日曜サッカースクール開催で宇土市サッカー協会に参加し、現在会長しています。東日本大震災に支援活動団体「東日本大震災・熊本支援チーム」な事務局長を務めて、東北の被災地にも出向きました。その経験が、熊本地震後の被災者支援の参考になりました。

さて、残りの人生、何を始めるか?

今日は、6月の定例議会最終日、どんな議論になるか、楽しみに出かけます。

<運のある人、ない人>自らの存在を外に求めるのか、内に求めるのか。人の存在は、周りとの作用反作用にあるのに気づかない人が多い。

<運のある人、ない人>自らの存在を外に求めるのか、内に求めるのか。人の存在は、周りとの作用反作用にあるのに気づかない人が多い。

今朝はウォーキングはお休みです。昨夜の竹馬の友たちとの懇親会は、話が尽きず楽しい時間でした。

60歳代まで生きると、さまざまな体験をしているので、相互に語ることも相手を思いやらながら語る、相手を知るからそこでからことと思います。

しかし、相手を知らないと話が途切れる。まして、付き合いの短い人とは、話が無い、が現実と思います。昨日は、サッカーがもととなる集まりに、竹馬の友も加わり、話は地域から仕事の話まで、多岐にわたりました。

人の縁とは"つながっているなぁ"と思うことばかりです。今朝の読書は、吉田松陰の理念を解説した『覚悟の磨き方』に以下の言葉がありました。

(以下、本より)

運が向かない人の考え方

壊そうとするから、壊されるのに、
打ち負かそうとするから、打ち負かされるのに、
人を見下すから、人から見下されるのに、
そうとは気づかずに、苦しんでいる人は本当に多いものです。

そしてすべてを失いそうになってもなお、
その原因を作ったのは自分自身なんだって、
考えが及ばないのは、本当に悲しいことです。
(以上、『覚悟の磨き方』より)

これを読み、なるほどと思う場面を、この年になると何度も見てきましたし、私自身も受けました。

人間関係は、作用反作用の法則になっていることを、多くの人が知らない。どんなに遠くにいても、思いつながっている気持ちを持ち続けていると、4日前に指宿から会いに来てくれた友人のようなことも起きます。

しかし、どんな身近にいても、人を見下した付き合い方をすれば、人は反作用の法則から、気持ちも離れていくもの。人間関係とは不思議なものです。

人間は、それぞれに一生しかありません。どんな思いを持って人と接しているか、その周りの人を観ると、その本人の心が見えてきます。

今日は、四半世紀前から縁をいただいている友人夫妻からのお誘いで、瀬の本高原で開催される犬の集まりを見学に行きます。高原の爽やかな空気を、三密にならない様に感じてきます。

<覚悟の生き方>「50歳になりました」、「もう命は惜しくなかろう、その覚悟があれは一緒にやろう!」

<覚悟の生き方>熊本の大先輩の訓示を思い出します。

「野口さんいくつになりましたか?」

「50歳になりました」

「もう命は惜しくなかろう、その覚悟があれは一緒にやろう!」

(以上、50歳になったばかりの頃、熊本県の文化人を巻き込む顕彰活動を始めるときに言われた熊本のリーダーの言葉です。)

この言葉をもらって、約一年3ヶ月、ほんとに命がけ、仕事も家族ごとも後回しで、突っ走りました。

横井小楠生誕200年事業でした。今は、良き思い出でです。

市民の方に見てもらった(目立つ記憶)のは、横井小楠生誕200年の白いのぼり旗を、熊本市街地の主要な場所、国道沿いに500本建てました。

今思えば、よくやったものです。(笑)

吉田松陰の理念を解説した本『覚悟の磨き方』に以下の言葉があります。

・止まることは許されない

進まなければ、退化します。
途中でやめれば、すべてが無駄なります。
だから、今日死んでも悔いを残さないやう、
死ぬまで前にも進み続けるしかありません。
(以上、本より)

私に「50歳になったら命は惜しくなかろう」と言われた方は、熊本昨日病院の創設者の米満弘之先生です。先生は、その約束通り、最後まで事業の中心で動かれました。その一年3ヶ月は大変でしたが、今の私の活動の覚悟を学んだ気がします。

>死ぬまで前にも進み続けるしかありません。

人間、死ぬまで進むしかない。

>もう命は惜しくなかろう、その覚悟があれは一緒にやろう!

その横井小楠生誕200年の実行委員長の永野光哉委員長には、1年3ヶ月の後も、いろいろ指導いただきました。それは、私の大きな財産となっています。

>50歳になったら命は惜しくなかろう!

これが、私の市民活動のベースになっています。私は、目立つことはしない、中身が大事と思っています。

「大儀四海に布かんのみ」

私自身の「大儀」はなにか?

62歳.、後半生の目的を、ぼちぼち探さなければと思う、今日です。

「今日の大衆は、明日も同じ大衆ではない」(城山三郎語録)〜ステイホーム、みなさんは何をしてますか?〜

「今日の大衆は、明日も同じ大衆ではない」(城山三郎著『風雲に乗る』より)

〜ステイホーム、みなさんは何をしてますか?〜

朝からしとしと雨の雨音、梅雨が近くまで来ているような気配を感じる朝です。こんな朝は、ウォーキングもできず、さらに日曜日なので、ベッド周りに置いてある本を読んだり、ラジオを聞いたり、まったりと時間が過ぎる。

冒頭の言葉は、作家の城山三郎さんの本の言葉ですが、政治とは大衆(世間)との綱引きみたいなものである、でもいろいろ勝手な意見が出てくるのです。

それと、自分が思っているほど、世間は政治に関心が無いことです。私は、定期的に地域を回るように努めていますが、10年も議員をしているのに初めて会う人もいます。すると「今年選挙ですか?」と・・・

私の思いとしたら、"宇土市の選挙時期は知ってて欲しい"と、世間とはそんなものです。これが投票率の低さなのかぁ、と無関心にぶつかります。

裏を返せば、"誰が何をした!"なんて関心がない人がほとんどで、無関心を突きつけられます。

ただ、自らの生活に直結する出来事には、目を丸くして見る、耳をたてて聞く、しかしその出来事が過ぎれば、もう忘れる。これが世間(大衆)です。

半年前の出来事をしっかり記憶している人は稀、たぶん本人以外はそうです。新聞記者などのジャーナリストたちは別です。

緊急事態宣言が解除され、ニュースでも"ゆるみ"の危機意識が下がった事例をたくさん見る。やはり注意喚起は、繰り返し、繰り返しやらなければ、政治への関心は薄れる。

繰り返し、繰り返し、コツコツと思いと情報を伝える。いつかは、目指す世界へ到達できるように、人間には"目標"が必要なのだと思います。

あっちこっち話が飛びましたが、明日から学校が再開され、さらに"ゆるみ"が広がるのでは、と心配します。

最後にまた、城山三郎さんの言葉、

「今日の大衆は、明日も同じ大衆ではない」

ですが、でも私は大衆(世間)は捨てたもんじゃない!と思います。日本人の新型コロナウィルス感染防止への協力は、世界に誇れるものであると思っています。

そろそろ行動開始ですが、昨日の午前は畑の草刈りで汗びっしょり、午後は家の周りをうろつく"野良猫"の屋根裏侵入防護策でまた汗、さてさてステイホームの日曜日は何をするか?


<人間観察>ゴマスリ人間は田舎にもいるなぁ、と。私は"おべんちゃら"なる人は都会だけにいると思っていました。

<人間観察>ゴマスリ人間は田舎にもいるなぁ、と。私は"おべんちゃら"なる人は都会だけにいると思っていました。

ここ数日の経験ですが、久しぶりに地域で飲み会(青空バーベキュー)が、会議とともに時間短く開催されました。私は、地域の役(市議)なので代表の近くに座ることになるのですが、始まり早々、私が隣と熱心に話しているのを見て、その代表に近づくや、歯が浮くような褒め言葉・・・、一度離れたのですが、再度近づき、言い残したことを伝えていました。

これは人物評価としては逆効果では?と私は思うのですが、いやはや、私の住む田舎にもこんな輩がいるのか?

実は私は、地域では"改革の人"(流れを変える人)なのです。先輩の意見に従わない人間(嫌な奴)という意味です。たくさんあるのですが、実例を二つ。

①  まず盛り上がっていた「太鼓保存会」が子供会頼りで、本当の太鼓保存会が機能しなくなり、寄付金(お花)が減っていく先を見越して、集落全戸にアンケートを実施しました。結果は、太鼓保存会活動の中止でした。

②  小学校のPTA活動に疑問を持ち、広報委員長になったのをきっかけに全家庭へのPTA活動のアンケートを実施して意見を集めました。
目的は、秋にある3つ(3日の)行事を一つにまとめることでしたが、アンケートの意見を全部書いた資料を全家庭に配布しました。結果は、3つ行事を一日にする「網津フェスタ」になりました。

実は、私は決まり切った行事を止める、反対意見側の活動をやってきました。

地域の行事は慣例的にやられます。その活動の発会時の思いを持つ人がいなくなると、後を引き継ぐ人は、意味は分からずに続ける苦労だけがのし掛かります。発会のリーダーが、政治家(議員)志望なら、なおさらたちが悪い影響が。そんな人は、後(地域)を振り返りません。

"おべんちゃら"リーダーが政治家(議員)志望から地域活動の中に入ると、地域の有力者には、ゴマスリ発言が始まります。第三者的に見ると、よく見えます。〜私もどうか?〜.

人間は、10年付き合わなければ分からない!とつくづく思います。

私の仕事は仲間は、みんな20年を超える"自論持ち"の個性派ですが、おべんちゃらなど一言も言わない。自らの職能と政治的な意見も持っていて、私には、特に手厳しい意見も言いますが、和気藹々の仲間です。

要は、おべんちゃらでなくて、本音の意見が交わせる仲間達です。

いやはや、田舎にもこんな輩がいるのか、と体験した青空バーベキュー(ソーシャルディスタンスを保つ)でした。

<歩禅と健康>遠くからは幻のように見えたけれども、近づいたら現実になった。

<歩禅と健康>遠くからは幻のように見えたけれども、近づいたら現実になった。

2度100キロウォークにチャレンジして、身体はガタガタになりましたが、完歩しました。

私が1kmを歩く歩数の平均は1355歩、100kmだと135500歩になります。行橋-別府も飯塚-武雄も、実長は104kmなので、140920歩です。さらに当日、駅からスタート会場まで、ゴール会場から昼食や宿まで歩くので。2日間で15万歩を超えることになります。

1km歩くのも、100km歩くのも、最初は1歩から始まります。

行橋から別府は見えません。
飯塚から武雄は見えません。

コツコツと、1歩、1歩、歩くしか到着しません。

行橋別府のパンフレットに「歩禅」という文字がありました。歩く禅の修行か?、熊野古道は、もともと修験者が、歩くために作られたと聞きました。

自らの精神鍛えるために歩く。

100キロウォークに参加する人は、はじめは数名参加のグループは、語りながらですが、だんだん言葉が減り、それぞれのペースて歩くようになり、黙々と歩き続けます。完歩率は、7割強ほど、3割弱の方は25時間(通過点の制限時間も)以内に完歩できません。催しなので、制限時間があります。

見えないところまで歩く、誰が考えたのか?

昔、船や鉄道・車のない時は、みんな歩いて目的地に行っていました。はるか遠い地域や国までも歩いていました。

私の100キロウォークに参加するきっかけとなった坂本龍馬が歩いた鹿児島-下関「薩長同盟ウォーク500キロ」(17日間)の熊本ステージの4日間92kmに参加して、そのグループは30人だったのでですが、その半分の方が「行橋別府100キロウォーク」に参加されていました。

100キロウォークの話は以前に聞いて、開催されていることは知っていましたが、100キロ歩ける人は"特別な人たち"と思っていたのですが、70歳を超えた女性の方もおられ、これなら私も参加できるのでは、思ったことを思い出します。

今日は、空海の言葉ですが、以下の訓示があります。
「遠くからは現実のように見えたけれど、近づいたら幻だった」
【原文】
遠うしては有(う)に似たれども、近うしては物(もつ)無し。

100キロウォークは、この訓示の逆で、歩く練習も含め、遠くにある幻のような場所まで歩き通すと、目的に着く(現実となる)。

歩き始めて8年目、早朝ウォーキングの目的は、はじめは健康目的でしたが、やはり何か目的がないと、健康維持だけでは、私の性格だと続かないと思い、チャレンジした100キロウォークでしたが、完歩した後の温泉宿も含め、老後の楽しみになりつつあります。

今年は、もし日程調整できれば、10月の行橋別府100キロウォーク、11月の飯塚武雄100キロウォークの両方を歩いてみようかと目論んでいます。

人間、晩年が大事。しかし、いくつまで生きれるはわかりません。〜背負っている重荷の違いが個性として輝いている〜

人間、晩年が大事。しかし、いくつまで生きれるはわかりません。

〜背負っている重荷の違いが個性として輝いている〜

毎日、テレビ・新聞は、コロナウィルス感染の話題ばかりで、ゴールデンウィークも"外出自粛ウィーク"でした。しかし、呼びかけに賛同しない人たちがいて、駐車禁止、入場禁止の看板を越えてウロツク家族連れや若者たちがニュースに流れ、人間自分さえ良ければなのかあ、と残念な気持ちになります。

さて、ウォーキングの時も帰ってからも聞く朝のラジオで、退職後の話に聞き入った。

「50歳台から第二の人生のスキルを育てる。定年後のために、在職中から別の自分を育てておくこと」

(例1)退職後に美容師に
医者でもできないことが美容師ができる。寝たきりの女性が髪をきれいにしてもらったら歩けるようになった、ことを知り美容師の勉強をして、58歳で退職し、2年修行をして独立した。、

(例2)在職時代から土日に、NPO法人の経理をボランティア活動として手伝っていたので、退職後にそのNPOの事務所に勤務することに。

『退職後』なる本の著者が、インタビューに答えていた。

命は、明日に終わるかもしれませんが、日本の平均年齢が、どんどん伸びて、80歳台なって久しいですが、退職後の"晩年"が、よく話題に上る。私自身は、自営業(フリーランス)なので定年後という感覚はないですが、いつかは老後生活になると思います。

曽野綾子さんの著書の中から集められた文の中で、以下の一文に読み入りました。

(以下、本より)

魅力の背後には、必ずその人に与えられた二つとない人生の重みをしっかりと受け止めている姿勢のよさがある。彼らは現実から逃げも隠れもしていないし爪先立ちもしていない。すべての人は重荷を背負っているが、その重荷の違いが個性として輝いている。その個性によって育てられた性格と才能でなければ、ほんとうの力を発揮しえないのも事実である。
(以上、『ただ一人の個性を創るために』より)

>その重荷の違いが個性として輝いている

重荷が魅力につながっている。

この言葉に、惹かれました。

コロナウィルス感染防止で外出自粛の要請にもかかわらず、自分さえ良ければ、で入場制限の施設や観光地に入り込む。自分さえ良ければ、で週末の夜中に、宇土半島の山道て、カーレースの練習を、騒音を鳴らし駆け回る。

晩年になり、その行いがどう写るのか、魅力はその人の人生を映しているのではないのか。

みなさんは、どんな重荷を背負っているのか?

私も来月で62歳、晩年にさしかかり、考えるもの良いかもしれない。