<猟銃立てこもり事件>凶悪な人というものは、そのなすことすべてが、ねじれて道理に反している。(『菜根譚』訳文より)〜真面目さを利用される可能性がある?〜

<猟銃立てこもり事件>凶悪な人というものは、そのなすことすべてが、ねじれて道理に反している。(『菜根譚』訳文より)

〜真面目さを利用される可能性がある?〜

(長文です、お時間ある時にお読みください。)

一昨日起こった猟銃立てこもり殺人事件は、母の介護から医師らを逆恨みしたのか、自ら自殺するのに道連れにしようとしたことを語っていると、ニュースで知りました。

最近、懸命に患者のために活動している医師を巻き添えにした殺人(自らは自殺)事件が、世の中に暗い影を落としていると思います。

私は、放火は人間として決してしてはいけない凶悪な事件と思ったのは、35年ほど前、私の住むアパートの自転車・バイク小屋が放火された。そのころ、周辺で放火騒ぎが何件も続いていた矢先、まさか自分の住むアパートがやられるとは思いもしなかった事件を経験した。

最近の京都アニメーションの放火殺人、大阪の精神科医院の放火殺人、さらに今回の医師看護師を呼び出した殺人事件には、背筋が寒くなるような凶悪な人間性を感じます。

ニュースで、(以下、朝日新聞webより)

>埼玉県ふじみ野市の住宅に散弾銃を持った男が立てこもり、人質の医師が銃で撃たれ死亡した事件で、殺人未遂容疑で逮捕された無職渡辺宏容疑者(66)が県警の調べに「自殺を考え、自分1人ではなく先生やクリニックの人を殺そうと考えた」と話していることが、捜査関係者への取材で分かった。(中略)
(以上、朝日新聞より)

犯人は、自分が自殺を計画しているのに、わざわざ医師や介護士を呼び出して道連れにしようという考えの中に、相手の真面目さを利用している気がしてなりません。

普段から言動がちょっと変わっていると思う人の周りで、"何か事が起こった時"注意が必要だなと、今回思いました。

真面目さを利用される可能性がある?

中国古典『菜根譚』に以下の訓示があります。

(書き下し文)

吉人(きつじん)は作用の安祥(あんしょう)なるを論ずる無く、
即ち夢寐神魂(むびしんこん)も、和気に非ざるは無し。
凶人は行事(ぎょうじ)の狼戻(ろうれい)なるを論ずる無く、
即ち声音咲語(せいおんしょうご)も渾(すべ)てこれ殺機(さっき)なり。

【訳文】
 善人というものは、日常の起居動作が安らかですがよくととのつていることはいうまでもなく、その眠っている時の魂までも、やわらいでいないということはない。
 それに対し、凶悪な人というものは、そななすことすべてが、ねじれて道理に反していることはいうまでもなく、その声音(こわね)の笑い声までも、すべて荒々しいはたらきがある。
(以上、『菜根譚』前集No.48)

訳文よりも、書き下し文の表現の方が、善人と悪人の対比が鋭いと思います。

昔の人たちの経験が、菜根譚の訓示でしょうかから、昔からそのような人は居たのだと気付かされます。

日常行動を分析し、そんな言動を繰り返すような人の周りや、本人関する事(不幸)の時は、何か起こる意識を持つこともこれから必要なのだろうと思います。

>ねじれて道理に反していることはいうまでもなく、その声音(こわね)の笑い声までも・・・

最近の凶悪な事件から、古(いにしえ)の知恵を知ったように思います。

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