<奢りは悪>飛龍天に在り。〜リーダーの心得〜(易経)

<奢りは悪>飛龍天に在り。〜リーダーの心得〜(易経)

<易経一日一言・8月12日の教示>

飛龍天に在り。大人(だいじん)を見るに利(よ)ろし。[乾為天]

今朝は、涼しい時間に草刈りして、汗を流して住宅の現場に出向き、盆休み後の打ち合わせでした。今年のお盆は、コロナ禍なので子どもたちは帰らずに仕事、妻も仕事で、明日の親族の初盆のご挨拶で、用事は終わりそうです。今日の午後は、いつもの墓周りの草刈りと掃除、盆の提灯飾りをします。

昼食時に本『易経一日一言』を読みました。今日の教示が冒頭の言葉です。

飛龍天に在り。大人(だいじん)を見るに利(よ)ろし。

【解説】
「飛龍」は、空を駆け、雲を呼び、万物を育む雨を降らせる。これは多くの力を集め、人間社会に大きく貢献するリーダーになることを意味する。社会的に認められ、お金も儲かり、人も集まってくるようになる。
 しかし、こういう時は「好事魔多し」で、尋常ではない勢いもつきやすい。「大人を見るに利ろし」とは、組織の頂点に達した時こそ驕らず、周りの人、すべてのものから見習うべきだと教えているのである。
(以上、本より転載)

>好事魔多し
>大人を見るに利ろし

・おべっかして擦り寄るもの
・何事も自分のためにあるような流れ
・足下すくわれる(魔が刺す)ことも
・人を見下して、つい言葉がでる"バカ"等
・利を独り占めしていることに気づかない
・何事にも口を出す
・・・・・

飛龍天に在り=絶好調にある時

初心のころ"周りはみな師"の意識があったが・・・奢りから、周りへの配慮もできずにいることも気づかない。

地位が高くなる程、首(頭)を下げる。

忘れてならない、易経の教えと思います。皆さんの周りにいませんか、こんな奢った輩?

*参考資料:竹村亜希子編『易経一日一言』

私にとってボランティア活動は、人間力を高める学びの場。〜学問は日常にあり〜

私にとってボランティア活動は、人間力を高める学びの場。〜学問は日常にあり〜

昨日は、台風の影響を考慮して災害ボランティアの受け入れを中止した被災地もあった。

災害ボランティア活動は、当日受け付けの人たちが、被災者のニーズ(要望)に合う人数のグループを作り作業をします。初めて出会う人たちが、協力して行う協同作業、それぞれの経験が作業に現れます。何度か参加した人は、短い作業時間でも、いろいろ工夫して行うで、"あっ!"こんなやり方があるのか、も気付くことも度々あります。まさに実学だなぁ、と思います。

みんな初めて合う人がほとんどで、出会いも楽しみの一つになっています。

さて、昨日から2年ぶりに開く本、渡邊五郎三郎監修『佐藤一斎一日一言』(『言志四緑』を読む)に、

・学問は日常にあり

の見出しのページに目が止まった。現代語訳に、以下の解説がありました。

(以下、本より抜粋)

 実際に起こったことを処理する場合には、経書(古典)にある聖人や賢人の言葉を取り上げて、自分の行動を注釈するとよい。そうすれば、実際に起こる事象と道理とが融け合って、学問は日常の行為を離れてあるのではないという意義がよくわかるだろう。
(以上、『佐藤一斎一日一言』より)

本に学ぶとは、体験を理解するために本を読むのだと思います。学問は、様々な事象や出来事、事件を理解するためにあり、古い時代の賢人の偉業を学ぶことではない、と佐藤一斎は教えています。要は、知識を増やすためではなく、自らの今の生活に活かすことこそ学問なのです。

話は戻しますが、災害ボランティア活動に行く人、行かない人、それぞれに理由があると思います。なかには、ボランティア活動の費用はどこから出るの?という人がたまにいます。

東日本大震災の被災地へ、ボランティアを送り出すとき、阪神淡路大震災の時にボランティア活動をした先輩から「現地の人に世話になって活動するのでは話にならない。寝食は自ら賄う用意をして行きなさい」と指導を受けました。
 以来、私も現地へ出向き活動するときは、自らの飲食は、自前で揃えて行きます。先輩から後輩へ、さらに若者たちへ、ボランティア活動の意味を伝えなければと思います。

>学問は日常の行為を離れてあるのではない

市民活動も、ボランティア活動も、私にとって学びの場になっています。今月は、時間が取れれば、何度か被災地へ足を運びたいと思っています。

<白洲次郎・正子の「武相荘」>かつては"いざ鎌倉"な気持ちで田舎暮らしでしたが、しかし今は、リモートで"コロナ疎開"の田舎移住。

<白洲二郎・正子の「武相荘」>かつては"いざ鎌倉"な気持ちで田舎暮らしでしたが、しかし今は、リモートで"コロナ疎開"の田舎移住。

(長文、お時間ある時にお読みください)

作家でエッセイストの白洲正子の夫の白洲二郎は、戦争間近と察知して田舎暮らしを始める。その住宅が「武相荘」です。
 戦時下には、東京の親戚や友人宅に、武相荘で育てた野菜を届けたりしていた。

戦争が終わり。戦後処理を任された吉田茂首相のアドバイザーであり、進駐軍との交渉役であり、外交官的な活動もしました。

英国仕立てのスーツを着て、戦後処理の米国軍相手に、ケンブリッジ大仕込みの流暢な英語で交渉をする日本政府要人となった。

しかし、戦後処理に目処が立つと、さっと役職を離れて下野してしまう。その後は、東北電力の発展に関わり、戦後の経済発展に努めた。住まいは、ずっと武相荘で過ごし、都会の用事に出て行った。

空海の教えに以下があります。

「林泉、我を酔わしめて、一(ひと)たび入って帰ることを忘る。未だに就いて披くに由(よし)なし」

【現代語訳】
「山の自然は私を陶酔させ、ひとたび山に入れば、都会の生活を忘れてしまいます。申し訳ございまさんが、当分独りにさせてください」

日本人なら誰もが一度は聞いたことのある「いざ鎌倉」の言葉は、"日頃は田舎暮らしだが、国に何か有れば、武具をまとい馬で駆けつける"、の意味ですが、正に白洲二郎氏は、そのような暮らしをしていたのではないのか?

武相荘は、今ではカフェレストランとして利用できます。日本国憲法の草案に深く関わったとされる白洲次郎氏ですが、興味ある方は訪ねてみてください。

現在の『武相荘』は、
住所:東京都町田市能ヶ谷7丁目3-2
アクセス:小田急線  鶴川駅  北口下車  徒歩15分

当時は不便な田舎暮らしでしたが、今は交通の便も良くなり、そう田舎には見えないと思いますが、そんな生き方をした、戦前に英国留学し、貿易に関わり、日本の敗戦処理で日本側交渉人として活躍、さらに戦後の経済発展に努めた日本人男性・白洲二郎氏は、作家でエッセイストの白洲正子さんの夫。

白洲二郎氏の父は、大正バブル期に活躍した実業家でしたが、バブルがはじけて、その後はひっそりと阿蘇の地で暮らし亡くなっています。

かつては"いざ鎌倉"的な田舎暮らし、現代はコロナ渦中での"リモート"な田舎移住、時代は違えど、東京の存在があればこそできる「コロナ疎開」かもしれないですね。

昨夜から、思いつくままに書た文ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。

今日は、お盆休み前行く最後の災害ボランティア活動です。暑いですが、頑張ってきます。

<武相荘>

コロナ禍中の夏休み、自粛か対策して帰郷や旅行か、悩む今年の夏です。<熊本は被災地ボランティア>

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コロナ禍中の夏休み、自粛か対策して帰郷や旅行か、悩む今年の夏です。<熊本は被災地ボランティア>

ふたたび新型コロナウィルス感染症が、拡大期になっているように思います。熊本県は、毎日2桁の新しい患者が増え続けています。全国では、1485人といよいよ日に2千人増に近づく勢いになっています。

昨日の被災地での作業では、カビや細菌防止、一番はコロナウィルス感染防止のために、マスク着用で泥出しや家財搬出、家の周りの植木に巻き付いたゴミの撤去をしました。

自衛隊基地隊員も同様に、マスク着用での作業で、私たち同様に猛暑では、とても息苦しさを感じました。

着実に広がる新型コロナウィルス感染症は、地方の生活も生活活動を抑制し、人の動きを見なくなっています。

・すごいボランティアに出会いました。
 昨日の災害ボランティア活動で、熊本市北部から、原付バイクで毎日被災地に来ている方の話しを聞きました。
「人が集まっていなかった。私がやらなければ、とはじめは電車で、しかし往復2700円を超える出費に、一度ママチャリで4時間近くかかって来た。それ以後は、原付バイクできている」
被災地の役に立ちたいという熱い想いを感じました。さすがに、私は仕事こともあるので毎日はいけませんし、この暑さもあり、行けても週2〜3度、新聞にも投稿した「県民の共助の意識で」の思いで出かけたい、と思っています。

・帰省できない子どもたち
東京で仕事する子どもは、日々の仕事はリモートで、新年に熊本に帰郷して以来、東京からどこにも行けていない。GWも動けず、今夏も帰郷はできない、と諦めています。東京在住の方々は、コロナウィルス感染拡大で、さまざまな活動の自粛をされていて、大変な生活だと思います。

東京都知事と総理の夏休みに対する考え方の違いを、新聞が取り上げています。

従姉妹が、名古屋に娘の出産で子育ての手伝いに行って先週帰っきたのですが、感染拡大の名古屋なので、いわゆる家で謹慎状態で3週間過ごしてから、外出する様にする、と語っていました。

今年の夏、さまざまな社会活動に、コロナの影が影響しています。自粛か対策して帰郷や旅行か、悩む夏休みです。

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<ボランティア活動で得るもの?>楽しみを与えることを「慈」、苦しみを抜くことを「悲」、他人の楽しみをねたまないことを「喜」、以上の三心に囚われない心を「捨」とします。〜空海から学ぶ〜

<ボランティア活動で得るもの?>楽しみを与えることを「慈」、苦しみを抜くことを「悲」、他人の楽しみをねたまないことを「喜」、以上の三心に囚われない心を「捨」とします。〜空海から学ぶ〜

(長文です。お時間ある時にお読みください)

朝から仏教の大僧「空海」の教えの冒頭の解説を読みながら、ハッ!と災害ボランティア活動が思い浮かんだ。

自然災害の惨(むご)さ
水害の片付けの大変さ
片付けに携われる喜び
寄り添い共に働く志
作業する時の無心な気持ち

さまざま気持ちを思い浮かべながら、知恵や工夫をしながら、短い間ですが、懸命に汗を流し働く災害ボランティア活動です。

冒頭の文の原文は以下になります。

【原文】
四無量観(慈・悲・喜・捨)、与楽を慈となし、抜苦を悲となし、不害を喜となし、捨は三事に亘る。〜空海の教示〜

四無量観(しつりょうかん)とは?

慈・悲・喜・捨、の四つ言葉のこと、

「慈」とは?
>語源的には「友」「親しきもの」を意味する mitraという単語から派生したものであり,真実の友情,純粋の親愛の念を意味している。(ブリタニカより)

「悲」とは?
>仏教で、情け深いこと。恵み。

「喜」とは?
>よろこぶ。めでたい。

「捨」とは?
>仏教用語。心の働きの一つ。心が積極的に円滑に働きながら,しかも興奮せず,安静で平等であること。また,苦でも楽でもない感覚のこと。(ブリタニカより)

長々と解説を紹介しましたが、

楽しみを与えることを「慈」、苦しみを抜くことを「悲」、他人の楽しみをねたまないことを「喜」、以上の三心に囚われない心を「捨」とします。

(他人に)楽しみを与える→慈
(他人の)悲しみを抜く→悲
(他人の)楽しみを妬まない→喜
上記の3つに囚われない→捨

一字、一字には意味があるなぁ、と朝から学びました。

また、室町時代も自然災害はあった。その状況の時、人々に何を語っていたか、仏教から学び、それを民衆に解く時、いろいろ工夫して、慈悲の心、喜怒哀楽、それに囚われないことを説いたのだろうなぁ、と思いました。

災害ボランティア活動は、自然災害の被災地復旧作業なのですが、数日前の球磨村神瀬の住宅で、泥に埋まった家から湿った泥を搔き出す作業を思い出し、空海の言葉と重なりました。

>捨は三事(三心)に亘(わた)る。

奉仕の心とは、慈悲や喜びを超えた、無心の気持ちになり働くとで、自らが成長することのように思いました。

朝から長々と書きました。お読みいただき感謝します。

今日は、「熊本支援チーム」の人吉球磨のボランティア活動の拠点を訪ねようと考えています。

*参考資料:川辺秀美編訳『空海   人生の言葉』