<偽ヤクルト営業マンに注意を!>昨日の「ヤクルト」を名乗る飛び込み営業について、熊本ヤクルトに確認を取りました。

<偽ヤクルト営業マンに注意を!>昨日の「ヤクルト」を名乗る飛び込み営業について、熊本ヤクルトに確認を取りました。

答えは、「各家庭に、チラシ等のご案内はしますが、いきなりドアを開けて、無料配布等のやり方はしていません」との返事でしたが、「ヤクルトです。と語っていたので、ヤクルトの販売にも影響するのでは?、宇土市の西部の中山間地で、高齢者も多い地域なので知って欲しいのでお伝えしておきます」と切りました。

やはり、何かを目的にした、家家の調査だろう、と私は理解しました。

昨日の話、明治の製品の「R-1」から、偽ヤクルト営業とわかったので、田舎の高齢者宅を狙って何か調べているか、最悪空き巣狙いかもと思います。

新しい振り込め詐欺の手口かもしれないので、訪問販売を中心とする企業を名乗った
「飛び込み営業(家の調査では?)にご注意下さい」と「不在の時は必ず鍵をかけてください」
とお知らせしておきます。

若い男性一人で、「ヤクルトの営業で、無料配布しています」にはくれぐれもご注意ください。

みなさん、注意しましょう。

<六花亭秘話>NHKの朝ドラでのお菓子屋さん、これって『六花亭』の始まりの話と、ご存知でしたか?〜坂本龍馬のとの縁?〜

<六花亭秘話>NHKの朝ドラでのお菓子屋さん、これって『六花亭』の始まりの話と、ご存知でしたか?〜坂本龍馬のとの縁?〜

私は、NHKの朝ドラ『なつ空』をデザイナーの視点から見ていました。私の住むような田舎から、一念発起、東京へ行く勇気、さらにアニメブームの企画に、とても感心を持ちました。

主人公が、幼少期に養子として育った北海道に、度々帰るのですが、その出会いの場がお菓子店でした。

帯広のお菓子系アイドルさん!

まさか、まさかの"六花亭"秘話が含まれていたのです。

私は、坂本龍馬を敬慕する不知火海龍馬会を15年前に立ち上げました。龍馬さんは、明治維新を前に、凶刃に倒れました。

・・・、しかし、坂本龍馬の本家は、北海道に渡ります。

坂本龍馬の甥、坂本直行は開拓農民として、とにかく頑張りました。その直行の姿を、レリーフ(彫刻にしたい)と彫塑家が取材に来ます。

ところが、坂本直行が、農作業の合間に書き続けた、風景、人間、動物のスケッチを彫刻家が見て、すごく評価します。

何を思ったか、坂本直行さんは、50代半ばで、画家に転身(展覧会の開催)を始めました。それが、大好評で・・・

なんと、なんと、始まったころの六花亭の包装紙のデザインを手掛けます。

正に、"へーっ!"

坂本の本家と"画家?"

本家の10代目当主の坂本登氏も、実は画家になられていました。

坂本本家の7代目(坂本登さんの曽祖父)は、現在の山鹿市出身の実業家で、坂本本家に養子になられた。

剣士で革命家の坂本龍馬本家の実情はどうだったか?、を誰も聞かない、聴こうとしない!でした。

政治家(活動家)は、想像を超えた地域、部署から出てくる。政治家は、要注意なのか、おおいなる期待なのか、は別として、今、社会改革ができる人を求めているように思います。

*参考資料:六花亭、帯広、北見、坂本龍馬、坂本本家とその後、・・・

<無責任な反論に対する>今日は、午前は家の周りの田畑の草刈り作業です。

<無責任な反論に対する>今日は、午前は家の周りの田畑の草刈り作業です。

その前に、昨日の私のタイムラインに厳しく意見したコメントがありましたが、私は逃げも隠れもせず、その意見に対して答えました。ところが、いつの間にかすべて削除されました。

要は、「議員は偉いのか?」の含みのある意見のようでした。

私は、2002年6月から、毎日、日々の体験や社会の出来事への意見を書き続けてきました。議員になったのはまだ9年ですから、その倍の昔から、意見(自論かもしれませんが)をネット上にコメントしてきました。議員になったから始めたのではありません。

それと熊本日日新聞の市民投稿『読者ひろば』には、17年前から、投稿を年に5〜8回(当初は、1〜3回)程度続けてきました。

これは6年前の話です。当時の国立競技場の建設コストが高騰して、国民から厳しい意見が出たときに、私は、「設計者を再度選ぶコンペをすべき」とのコメントをあげたら、名を伏せた建築士が、「今から再コンペでは完成が間に合わない」と厳しく何度も、反論してきました。
 その後、Jリーグのガンバ大阪の専用スタジアムの計画が発表され、その額は、当時の国立競技場の予算の1/5以下でした。曲線、3次元曲線を基調とした当初の国立競技場と違い、ガンバ大阪のスタジアムは、直線を基調とした綺麗なデザインでした。

その後、さらに議論が続くのですが、日本オリンピック委員会が、"再コンペ"を決定して、私への意見は、すべて削除されました。

日本人の設計による素晴らしい現在の国立競技場は、昨年末に完成しました。人に意見するのであれば、憶測や想像による反論は、根拠を持って書いているコメントとは、意味がだいぶ異なると考えています。

災害現場に足も運ばず、ボランティア活動もせずなら、議員として議会の質問は、根拠が足りず、言葉を濁すことになります。私の本業の建築もそうですが、「現場、現物、本人」を自ら出向き確認することは、最低の活動条件です。

昨年の5月の連休に、工事途中の国立競技場を見て、「年末には完成する」と確信を持ちました。6年前の議論は、正しかったと安堵しました。

<九州豪雨>議員さんボランティア活動するばい、さすが寛平さん!、です。

<九州豪雨>議員さんボランティア活動するばい、さすが寛平さん!、です。

>口で言ってるだけで行動で動いて欲しいよな~、ウヒハ」とつづった。

防災服を着て視察するのでなく、"泥出ししろよ!"です。泥出しの苦労を体験しないから、被災者の苦悩が分からない!

政治は座学でなく、実学を制作に作り上げること、東大及第点の上の方ばかりでは、現場の実情はわかりません。

間寛平さんのご意見
https://news.yahoo.co.jp/articles/4b05fa16d23d48760f2f10226c834984f6760ebd

<県北は福岡市を身近に>熊本県内のコロナウィルス感染者増加に思うこと、福岡市の感染者増加と県北の若者との関係を懸念する。

3853764B-9877-49E2-A92E-FC33D32DC6B4.jpeg9A04DC4C-3E54-48E9-9298-992083F1C40E.jpeg
<県北は福岡市を身近に>熊本県内のコロナウィルス感染者増加に思うこと、福岡市の感染者増加と県北の若者との関係を懸念する。

昨日、宇土市の議員仲間との意見交換(活動中止・延期)の中で、私の知人友人に荒尾市、山鹿市に何名もいることから、話が始まり、西鉄の鉄道とバスの話が話題となった。

・西鉄大牟田線:大牟田→博多が1時間
大牟田市には、直接西鉄が乗り入れていて、速い列車は大牟田駅から博多駅まで1時間かからない。

・山鹿バスセンター⇆福岡空港、95分
また山鹿市から福岡空港までのアクセスは、早いもの1時間35分で、山鹿市のバスセンターから、植木インター乗り換えが入るが、約95分で福岡空港まで行ける。福岡空港から地下鉄を使えば、天神界隈はすぐ10数分。

熊本県北の人たちは、交通の便利さから熊本都市圏よりも、福岡市を身近に感じているのだろう、と意見が一致した。

今朝の熊日26面に、「県内感染40代以下急増」の見出しを読むと、福岡市へ遊びに行ける環境、逆に、福岡県南から熊本県北の企業に通う人も多くいると見ている。

福岡県南の人たちは、週末は福岡市の繁華街に出かけることも多いと推察する。県境を跨ぐ移動の自粛の呼びかけにも、その移動が日々の生活である人は、どうしようもない。

話が飛びますが、今春の熊本県知事選挙で、空港アクセスに鉄路の新設が話題になった。"その鉄道は、何処に住む人たちが使う?"から、熊本空港を使う人たちは、どのエリアの人たち?の疑問を持った。

また、県南の人吉球磨地域の人は、便数の多い鹿児島空港を利用していると聞きます。

コロナウィルス感染予防の視点を、生活だけでなく、仕事としての人の移動について知ることは、役に立つのでは、と新聞記事を読みながら思いました。

<何事もタイミングが大事>今、やるべきことをやっているのか?〜天に応じて時に行う〜(易経)

<何事もタイミングが大事>今、やるべきことをやっているのか?〜天に応じて時に行う〜(易経)

(今朝は小雨で、朝ウォーキングできなくて長文です)

今日の天気もぐずつく予報、いつまで雨か降るのか、とても心配な今夏の気候です。

7月4日の熊本県南を襲った豪雨は、これまでの歴史にない水嵩を記録し、多くの犠牲者と甚大な被害を起こした。熊本県民は、被災地を救いたいと、4連休被災地へ駆けつけたことに、胸が熱くなった。

・災害ボランティア活動
自分の仕事もあるので、毎日は行けませんが、空から"今日は行きなさい!"の声が聞こえて(仕事も調整して)来る思いで出かけています。
 私は自営業なので、なるべく平日に行くようにしています。加えて、若い仲間たちから「一緒に行きませんか?」の声(天の声)がかかった時、週末にも迷わず行きます。仲間と活動するのは楽しみだからです。

・中体連が代替大会
また、先週末から中学生のサッカー競技は、中体連の代替大会が関係者のご尽力で始まりました。高校総体中止、中体連中止の県教委が決めて、塞いだ子供たちは、試合の中で躍動しています。今週末と8月5日が、宇城地域の大会トーナメントの試合日です。

コロナ渦中、"今何をすべきか"を考えます。

易経の教え『易経一日一言』に、以下の言葉があります。

「天に応じて時に行う。ここをもって元(おお)いに享るなり」

解説を読むと、「天に応じて時に行う」とは、その時々にピッタリの、時の的を射る行いをすること、とあった。

>その時々にピッタリの、時の的を射る行い

要は、"ドンピシャのタイミング"ということですが、災害ボランティア活動も中体連の代替大会も、やるタイミングがとても大事と、今回のことで経験をさせていただいています。

中体連中止が発表になった直後に、宇城地域の市町サッカー協会幹部に連絡を取り、「何か替わりの大会をできるようにやりましょう」と調整を続けてきました。各学校の顧問たちのご尽力もあり、先週末から試合が始まりました。

また、熊本豪雨の被災状況をニュースで見て、居ても立ってもおれず、7月5日の昼過ぎには人吉市の先輩の会社の前に居ました。以来、"今日は行ける(行こう)"で、人吉・球磨、芦北・津奈木の災害ボランティア活動に出かけています。

社会の出来事、事件、災害から、"何かしたい!"の思いで、いつも動いて来ました。東日本大震災の被災地支援、豪雨被災地でのボランティア活動、いつも計画があるわけでなく、湧き起こる思いに駆られてやっているように思います。

今朝の読書で『易経一日一言』の一文に、昔の人も同じ思いでやったていたのか!と気づきました。解説は、以下の言葉でまとめられていました。

(以下、転載)

 天の運行に応じて、その時々にしかるべきことを行っていれば、物事は多いに通じていくということである。
(以上、『易経一日一言』より)

中体連の代替大会も、被災支援も、タイミングが大事だと振り返ります。

中体連の代替大会の開催機運は、中体連大会中止の発表から2ヵ月経った6月中旬頃に盛り上がり始めた。宇城地域のサッカー協会は、事前調査が既に終わっていましたので、うまく開催できて良かったと思います。

被災地支援は、東日本大震災の支援活動から、ボランティア活動は、"被災地が求めるものに遅滞なく対応する"から、常に現場ニーズを拾うことが重要です。要は、災害ボランティア活動もタイミングが大事なのです。

私の活動は、"何かしたい"(天の声)に駆られてやっていて、いつも妻に「思いつきばかりね」と言われています。

さて、明日も時間取れそうなので、災害ボランティアに行こうと仲間と連絡をとっています。

長々と書きました。最後までお読みいただきありがとうございます。

<明治維新とは>新しい活動を成功させるには、まず自らの足下をきれいにし、親しい者たちと結束する根底の力を養う。〜沢天夬(易経)〜

<明治維新とは>新しい活動を成功させるには、まず自らの足下をきれいにし、親しい者たちと結束する根底の力を養う。〜沢天夬(易経)〜

沢天夬(たくてんかい)の卦は、統治する力をなくした上位の権力者を排除し、新たに道を切り開くための行動を説く。

権力者は、手強い、誠をもって訴えてます、身の危険が伴う。そのためには、訴える理由を公の場に明らかにする必要がある。

(沢天夬)の全文は、

夬は王庭に揚ぐ。孚(まこと)あって号(さけ)び、厲(あやう)きことあり。告くること邑(ゆう)よりす。戎 (じゅう)に即(つ)くに利(よ)ろしからず。往(ゆ)くところあるに利(よ)ろし。

以上なのですが、

>邑(ゆう)よりす

は、まず自分の足もとをきれいにし、親しいものから結束を固め、広く民衆の意志を固めて根底の力を養うのである、と。

>戎 (じゅう)に即(つ)くに利(よ)ろしからず

は、武力を持ちいない。権威を振りかざさない。それをやると混乱を招き、民衆(仲間)の心は一つにならない。

日本の明治維新は、実質は革命であったが、「大政奉還」を徳川幕府が申し出て、権力を天皇に返上したことで無血革命を実現させた。明治維新は、ある意味、民衆(仲間)の心が一つになった出来事だった。

ただ、その革命を起こしたリーダー(維新の元勲)たちが居なくなり、後の権力者たちが運用において、間違った方向に進んだ。権力移譲とは難しい。

このような混乱は、小さな会社でも、地方の政治機構でも起こりえる出来事、最善の注意を払い、時の権力者(代表者)と向き合うことが必要と思います。トップの交代を実現するには、"邑(ゆう)よりす"の足もとが大事を忘れてはいけない。

朝から硬い話しになりました。明治維新を成し遂げた人たちは、素晴らしいですね。

<時に随(したが)う。風を観る。>自分の周りの変化(風と時)を観察して動く。〜風地観・沢雷随(易経)〜

<時に随(したが)う。風を観る。>自分の周りの変化(風と時)を観察して動く。〜風地観・沢雷随(易経)〜

(少々長文です。お時間ある時にお読みいただければ幸いです。)

今の時代は、どんな時代なのか?

コロナウィルス感染症が蔓延する世界、日本も第二波の流行期に入っている。

各国政府は、政権維持のため経済復活を優先させる政策に躍起になっている。しかし、世の疲弊は日に日に顕著になっている。本番は夏以降とも言われている。

『易経一日一言』12月6日の訓示に以下がありました。

「晦(ひのくれ)に向かえば入りて宴息す」(沢雷随)

【直訳】
 日が落ちて暗くなった時は家に入って休息せよといっている。

【解説】
 時に随うとは、自然の時に逆らわないこと。勢いが弱くなってきた時に強引に事を進めても阻まれるだけである。
 しかし、時に随えば、時を味方にできる。そして、時を味方にできれば、いずれ時を用いることができるようになるのである。
(以上、本より)

時に随えは、いずれ時を用いることができる。

深い意味があるように思いますが、要は人が活躍する時期は天が決めている。読み替えると、"地道にやっていればチャンスが来る"ということです。

また、以下の言葉が、12月5日の訓示にあります。

「風の地上を行くは観なり」(風地観)

【解説】
 風は常に流れ行く、目には見えず、耳で聞くこともできないが、体験によってその強さや方向を知ることができる。
 時も同じく、目に見えず、耳には聞こえない。しかし、自分の周りのものすべてが、今という時とその方向を示しているのだからよく観れば見えてくるものである。

*観る:洞察力の意味

そのチャンスを見極めるには、それを察知できる洞察力が必要。要は、ボーッとしていては、そのチャンス(変化)に気づかない、ということです。

・時に随(したが)う。
・風を観る。

何か事を成そうという考えがあるのであれば、とても大事な人生観だと思います。

動く時期が、"今か?""後か?"判断するのは自分自身です。

4連休最終日、夏休み最初の連休で、家族サービスに頑張った父母もおられると思います。良き子どもたちの思い出になることを願っています。

最後までお読みいただき感謝いたします。良き休日をお過ごしください。

心の内にある状態を「志」といい、言葉で外に表現された状態を「詩」といいます。(空海)

<発言・メッセージ>心の内にある状態を「志」といい、言葉で外に表現された状態を「詩」といいます。(空海)

〜大胆な発想をもって、人目を気にせず、びくびくしないこと〜

おはようございます。今朝は、蒸し暑空気の中で目覚めました。梅雨がそろそろ明けて、あの暑い夏が来るのか!な予感を感じる朝です。

冒頭の言葉は、『空海   人生の言葉』にある一文ですが、もともとは、

「詩は志に本づくなり。心に在るを志と為し、言(げん)に発するを詩と為す」

【直訳】
詩は「こころざし」そのものです。
心の内にある状態を「志」といい、
言葉で外に表現された状態を「詩」といいます。

この解説の「詩」を「文」と読み替えると、私の場合は、2002年6月からネット上に配信し続けて来た、私の意見(文)とみなすことができます。

初めは、知人友人宛に送った"メールマガジン"で、次にブログとmixiから始まる"SNS"利用で、ツイッター(Twitter)、Facebook、インスタグラムと継続してきました。

18年間毎日書き続けてきました。先輩から、だらだらと書き綴るのでなく、テーマを整理して簡潔に、次に何を書くのかテーマをつけて、等々のアドバイスを受けてきました。

今は、熊日新聞の市民投稿『読者ひろば』にも、短い時間で文を書き終える練習も兼ねて、時折投稿して17前に始めて、年に5〜6回は掲載されるようになりました。

最初はドキドキの投稿でしたが、私は体験したこと、友人知人の活躍、世の出来事への意見等々を投稿してきました。

空海の言葉に以下があります。
同じく本『空海   人生の言葉』から

「凡そ詩は意を立つるに、皆な桀起険作(けっきけんさく)して、傍らに人無きが若くし、須(すべから)く怖懼(ふく)すべからず」

【直訳】
詩情を保つには、大胆な発想をもって、人目を気にせず、びくびくしないこと。

心から発する言葉、詩(文)は、大胆に考え、人目を気にせずにやりなさい、との教えと思います。

私はもう62歳、恥をかいても赤面しない少し図太さも出来る高齢者になりました。これからも、ますます空海の教えではないですが、大胆に語れるように、新たな体験を求めて、人との出会いも楽しめる生き方をしたいものです。

>大胆な発想をもって、人目を気にせず、びくびくしないこと。

明日からの連休は、多くの県民が被災地へ出向かれると思うので、平日に動ける自営業の私は、今日被災に出向き、泥出し作業のボランティア活動に行こうかと考えいます。

宮城まり子さんと潮谷義子さんとの若い時代の関係に感銘を受けました。

男女共同参画情報誌『女性展望』7・8月号のコラムに、宮城まり子さんと潮谷義子さんとの若い時代の関係に感銘を受けました。

みなさんは、身体に障害のある子どもたち、特に家庭的に支援ん受けれない子どもたちを積極的に受け入れたタレントの宮城まり子さんと、熊本市の児童養護施設『慈愛園』の潮谷義子さん(前熊本県知事)の、ほんとまだ若い時代の関わりに、驚き、感銘を受けました。

身体に障害を持ち、家庭的支援(保護されない)子どもたち受け入れた『ねむの木学園』た潮谷義子さんが、繋がっていた。それもご夫婦で、ねむの木学園で仕事を一時期された話は、初めてだったので驚きました。

1968年の頃の話、今は2020年になり、パラリンピックのこと、スペシャルオリンピックスの活動を見ると、時代はかわった!と、つくづく思います。

知事になられる前から、様々な会合てかたられる潮谷義子さんのスピーチがたのしみて、ご案内がある集まりには参加していました。

宮城まり子さんとご縁、そこに児童養護施設の運営、慈愛園の赤ちゃんポスト「コウノトリのゆり籠」を認可する支援ができたのだなと思いました。

人間は、出会いで成長する。

人生って出会いで決まる。

何を思ってうごくか、日々の時間の使い道で、後々の人間の成長に大きく変わることを知って欲しいです。

*女性展望:婦人参政権会館・市川房枝記念館の広報誌。

<熊本がんばるばい!>生きることとは呼吸することではない。行動することだ。〜ジャン=ジャック・ルソー(フランスの哲学者)〜

<熊本がんばるばい!>生きることとは呼吸することではない。行動することだ。〜ジャン=ジャック・ルソー(フランスの哲学者)〜

おはようございます。今日も午後から雨様です。梅雨明けはまだ先か、東京は、やく1ヶ月雨の予報が続いたと天気予報を振り返っていました。

今年の早春は、花の便りではなく、コロナウィルス感染から、日本だけでなく、世界の生活が一変した。

都市封鎖。非常事態宣言。

在宅勤務(テレワーク、リモートワーク)

学校もオンラインを使い家庭にある子供達にいかに伝えるか?

仕事もテレビ会議(ズーム、LINE、等)活用する時代に、

外食産業は。お持ち帰り(テイクアウト)に力を入れて生き残りを図った。

以下の言葉は、名女優と言われた乙羽信子さんの言葉です。

「いつも闘いです。自分の古いものを捨て、いかに新しいものを出すか」〜乙羽信子(女優)〜

これはすべての産業、分野に言える訓示と思います。社会は常に変化している。いっ時たりとも泊まることなく流れ、天変地異の世界。フランスの哲学者のルソーは以下のことを示唆しています。

「生きることとは呼吸することではない。行動することだ」〜ジャン=ジャック・ルソー(フランスの哲学者)〜

>生きることは、行動することだ。

社会ために、行動を起こしていますか?

九州豪雨災害の熊本県

コロナウィルス感染防止の中、熊本では大水害が発生して、後片付けに追われているが、感染防止のためボランティアは、県内在住のみの方針から、なかなか人が集まらない。もちろん、自助が大事であるが、高齢者の一人暮らしで、家の中の泥出しは難しい。公助の政府・自治体の支援は、遅く手が届かない。早急生活復旧には、やはり災害ボランティアに頼る時代。熊本県民は、被災地を自らの縁ある人を助ける共助の視点から行動することが必要と思います。

もちろん、自分自身の生活もあるので、出来る範囲ではありますが、ここ1ヶ月間、特に明日からの週末と来週の連休が大事な共助の時間が、災地支援の支援活動と思っています。

県民は"共助の意識"を持ち、自らできる範囲で、被災地支援をやりましょう。

熊本がんばるばい!

<善良に生きれば敵ができる>この言葉は、私の一生の疑問であり、人間関係の難しさである、と思います。

<善良に生きれば敵ができる>この言葉は、私の一生の疑問であり、人間関係の難しさである、と思います。

小学生の頃から学校では「正直に生きなさい」と毎日のように語られる。子どもたちは、まじめに学校でやればやるほど、いじめを受ける?

大人たちは、子どものいじめは、世の中を写しているという。→子どもには理解できない。

子どもは家庭の会話の中で日々の言動を決めて行く。

真面目にやる子がいじめられる?

そんな風景を学校で見た記憶を持つ人は多いと思います。

私は、先週の日曜日に、人吉市で被害を受けた先輩に差し入れを持って行く途中で、二つの経験をしました。

一つは、人吉へ向かう松橋インターチェンジ前のコンビニでの会話から、

建築現場の作業員の若い男性が、私が弁当を温めてもらっている時。ジュースとタバコを買われました。プリペイドカードを出して、店員に、
「チャージされますか?」と聞かれ、
「待っておられるから、いいよ」と、
計算が終わり、一言
「あっ、まだ残っていてよかった」と言葉を聞き、昼食時、高速の前のコンビニや忙しい中、心温まる思いをしました。

もう一つは、人吉へ向かう高速道路での日本人の対応から、

(以下、Facebookのの本日の私のコメントから転載)

>それは、山江パーキングで(えびのインターチェンジで行って戻るを)思い付きました。でも、この渋滞に付き合うことは意味があると思い1時間半ノロノロですが、日本人の列を守る、自衛隊や電気復旧工事作業の方々が、入る時にサッと開ける風景を見ていました。日本人は、素晴らしいとつくづく思う場面に、"この渋滞を誇りに思う"と、気持ち豊かになりました。(中略)

日本人の危機に対する姿勢に、感動しました。

しかし、真面目に生きるほど、地域では敵ができるのです。

トルストイは、以下のことを語っています。

「敵は常にあるだろう。敵がないように生きることはできない。それどころではない、善良な生き方をすればするほど敵は多い」〜トルストイ〜

エッ?

真面目に生きれば、敵ができる。

真面目すぎたらいけない、の訓示なのか、それとも、妬みの予防策か?

人は何をしても、動きで反応する人が、必ずいることを忘れてはいけない、ということだと思います。

人間社会は、善良に生きれば敵ができる。

でも、私は、人を疑わず、最善の予防線を張って、生きなければと思った今日の体験でした。

*参加資料:『人生の指針が見つかる「座右の銘」1300』

<"仁"の志>家族もこの世の出会いです。

<"仁"の志>家族もこの世の出会いです。昨今、家族内暴力、とくにDVなどは男性として恥ずかしい行為。さらにひどく、親が子を殺す育児放棄、子が親を殺す親不孝、そんな事件が増えているように思います。

論語の教えに「仁」がありますが、相手を思いやる、厳しい状況の人を助ける、小さな命を愛おしむ、哀れむこととは少し違う孔子の教えです。

家庭内も、職場も、仲間たちも、互いに補い合い日々を過ごしています。相手を思いやる「仁」の志を持って、謙虚さを持って生活すれば、社会は良くなると思います。

災害ボランティア活動も「仁」の志と思います。週末、雨は気になりますが、被災地へ出向こうかと考えています。

<政治とは何か>川辺川ダム中止から10年、治水議論(空欄)はありました(会議無し?)から、球磨川水害対策は何もされなかった!〜

<政治とは何か>川辺川ダム中止から10年、治水議論(空欄)はありました(会議無し?)から、球磨川水害対策は何もされなかった!〜残念でなりません。県知事選挙こそ地域課題を議論する機会と思います〜

川辺川ダムを討論した潮谷県政が終わり次期県政を担う知事選から12年、環境保護論議から川辺川ダム中止を、蒲島知事は決断されました。今春の熊本県知事選挙では、コロナ、コロナで、選挙戦も、政策提言もなく、論争無く終わりました。

熊本は、水俣病と川辺川ダム(球磨川治水・利水)が、過去40年の政治課題なのに、両候補の議論がありませんでした。とても悲しい、と選挙直後にFacebookにコメントを掲載しました。

現知事は、荒瀬ダムは解体されました。それから、川辺川、球磨川治水・利水は?

何もなかった!(怒り)

ならば、球磨川治水と河辺川ダム中止、熊本県知事が常に緊張感を持ってやられてきたのか?

疑問に思っています。

人吉の市民活動仲間たちの家々は、1階が水没、ひどいところは2階窓まで泥水が来た!と。

政治は危機管理、何を首長が目指しているのか、今後の検証から、リーダーの政治理念が問われると思います。

政争の中身が大事、政治家目指す姿を、住民、特に河辺川、人吉球磨の人たちとは無縁の論議に、時間を使われ過ぎのだと思います。

政治危機管理が、西郷隆盛が目指していた政治、しかし今の政治は西郷隆盛の理念(質素倹約、敬天愛人)から大きく離れているように思います。

熊本県政は、今どうか?

今回の球磨川氾濫、県民の視点変えるくらい大きな水害と思います。

私は、県民の中に"選挙はない方が良い"という意見を聞きますが、選挙ない地域こそ問題と思っています。政治課題に関心がないところこそ選挙に興味が無い。

日本の課題です。

河辺川ダム中止から10年、治水議論(空欄)はありましたが、球磨川水害対策は何もされなかった!

川辺川ダム中止から10年、治水議論(空欄)はありましたが、球磨川水害対策は何もされなかった!

河辺川ダムを討論した潮谷県政が終わり次期県政を担う知事選から12年、環境保護論議から河辺川ダム中止を、蒲島知事は決断されました。今春の熊本県知事選挙では、コロナ、コロナで、選挙線も、政策提言もなく、終わりました。

熊本は、水俣病と河辺川ダム(球磨川治水・利水)が、過去40年の政治課題なのに、両候補の議論がありませんでした。

荒瀬ダムは解体されました。

ならば、球磨川治水と河辺川ダム中止、熊本県知事が常に緊張感を持ってやられてきたのか?

疑問に思っています。

人吉の市民活動仲間たちの家々は、1階が水没、ひどいところは2階窓まで泥水が来た!と。

政治は危機管理、何を首長が目指しているのか、今後の検証から、リーダーの政治理念が問われると思います。

<ボランティア活動>自分の悪は顕微鏡的に検証、他人の善は望遠鏡的に検証、逆に、他人の善は顕微鏡的に見つけ、他人の悪は望遠鏡的に探す。

<ボランティア活動>自分の悪は顕微鏡的に検証、他人の善は望遠鏡的に検証、逆に、他人の善は顕微鏡的に見つけ、他人の悪は望遠鏡的に探す。

(長文です。お時間ある時にお読みください)

毎日の雨、梅雨末期の大雨被害は、いつ起こるかわかりませんので、降る地域になった時は、とにかく早めの避難行動が大事です。

今また、外の雨が強くなってきました。ちょっと心配な、本日の天気です。

さて、被害はあってはなりませんが、土曜日の熊本県南部の大雨被害は、50人を超える犠牲者と広範囲に計り知れない被害をもたらしました。

洪水被害は、後始末が大変で、私自身も被害を受け、積もった泥を搬出するための泥のかき出しは、真夏暑さもあり大変な作業で、多くの人手を必要とします。

何度か泥出し作業のボランティアに参加しましたが、全国各地からボランティアが集まり、黙々と作業をされます。ほんとに頭が下がります。4年前の我が家の泥出しは、ボランティア4〜6人、5日間かかりました。

このボランティア活動について、色々な声を聞きます。私は、何日も行けるわけではないですが、泥出しのボランティア活動に行った時、そのお宅の状況写真や作業風景の写真は、けっして撮影しません。撮るのは、作業を終えてボランティアセンターに帰った時、グループに参加された方に了解を得て記念写真を撮ります。

中には、グループできて、作業風景を互いに撮り合い、SNSにアップしている人たちを見ると、"私はボランティアに来てます!"と語っているのだろう、と思ったりもします。それについてどうこうは言いませんが、被災者からすれば、どんな印象に映るだろうと考えたりします。

でも、ボランティア活動に興味ない人からすれば、ボランティア=善との見方をすれば、社会貢献することになると思います。

東日本大震災の支援物資集めをし始めた時、ある先輩から、「やらない人たちからは、宣伝と思われてもいいじゃないか、我々は"被災地のために何かやりたい"の思いでやっている。人の影口を気にしないでやろう」と後押しされ、九州から一番早く現地へ物資とボランティアを送り出しました。

本『人生の指針が見つかる「座右の銘」1300』に以下の言葉がありました。

(以下、本より転載)

他の善と自の悪とは、顕微鏡にて之を見よ。そのいかに大なるかを感ずべし。
他の悪と自の善とは、望遠鏡にて之を見よ。そのいかに小なるかを感ずべし。
(以上、清沢満之(作家))

自の悪とほ、下心も含む私欲(悪)を指すものと受け止めます。他の善とは、周りの人の何気ない心遣いに嬉しくなることも含みます。

顕微鏡、望遠鏡、の視点に、"なるほど!"と、納得しました。

私は、人の噂をしている姿は好きではありません。事実を語る、事実を評価する。人は行動してなんぼだと思いますので、時間があれば、これからも積極的に、被災地へボランティア活動に行きたいと思っています。

でも、被災地の状況が、さらに悪化しないことを願っています。お亡くなりになった皆様のご冥福をお祈りいたします。(合掌)

<早起きは三文の得>朝こそすべて。〜『安岡正篤一日一言』〜

<早起きは三文の得>朝こそすべて。〜『安岡正篤一日一言』〜

短い言葉ですが、中身は深い歴史的経験値から出たものに、感動します。

>1日24時間朝があり昼があり夜があるとするのは死んだ機械の一日にすぎない。活きた時間は朝だけ、換言すれば、本当の朝をもたなければ一日無意義だということだ。朝を活かすことから人生は始まる。
(以上、『安岡正篤一日一言』7月2日の訓示より)

8月4日は朝ウォーキングを始めた記念日。もう丸8年になります。ほんとに最初は、3.5kmでした。それから、その年の11月29日〜12月2日『薩長同盟ウォーク500キロ』熊本ステージ、熊本県の田浦駅(肥薩オレンジ鉄道)から熊本駅まで92kmことを目標に4ヶ月ちかく"歩く練習"に取り組みました。ほぼ毎日歩く練習をして本番に臨みました。

4日間歩く中、長距離ウォーカーの先輩方から、
「毎日歩いてはダメ、週休3日くらいがいい」
「私(女性)は、行橋別府100キロウォークに還暦ときこそ歩き20時間で歩いた」
「歩く前は、薬ばかり飲んでいたが、今は一つも薬を飲まず、検査の数値は標準になった」
等々、歩くコツ、目標、健康まで、話がたくさん聞けました。

歩く練習は「週休3日制」、これを聞いて決めたのが、
1.雨の日は歩かない
2.飲み会があった翌日は歩かない
3.早足で10kmウォーキングを年間200日
このルールをきめてから、とても楽になり、毎日4時起きなので、歩かない日は、ラジオ聴きと読書をするようになりました。

朝4時〜6時半、いろいろことを考え、本を読む。新たに買って読むことも大事ですが、私は、毎年読む本、日常的に持ち歩く本がありますので、枕元には常に本が転がっています。

私は小説はほとんど読みません。それこそ、司馬遼太郎さんの小説は、龍馬以外読んでいませんが、司馬さんの講演集、対談集は、かなり集めています。

私の朝活は、ウォーキングか読書、たまに原稿を書いています。安岡正篤先生の語られる「朝こそすべて」だなぁ、とつくづく思います。さすが、安岡正篤先生の教示は素晴らしい!

<他力の風>私は10年付き合ってから仕事を一緒します。20年経ったら本物かと思います。〜人生は出会い〜

<他力の風>私は10年付き合ってから仕事を一緒します。20年経ったら本物かと思います。〜人生は出会い〜

建築を始めて40年、市民活動始めて30年、異業種交流会始めて25年、宇土市で地域づくりに関わって20年、サッカー協会の役員になって15年、市議になって10年、朝の登校指導始めて5年、次はなんでしょうか?

実は、建築の専門学校入学が22歳、結婚が27時、独立が32歳(実際は31歳5ヶ月)、同業種交流は37歳(後の異業種交流会「四季の会」、熊本横井小楠塾、熊本大学非常勤講師「実践のまちづくり講座」が始まったのが42歳、キッズサッカー教室(後の宇土マリーナジュニアサッカー大会)が始まった。そして、52歳で市議会議員に初挑戦。

五年ごとの出来事に、多くの方々か関わっています。見方を変えれば、人の支えがあればこそできた話です。

私は仏教の「他力」という言葉(教え)に、関心を持ち学んできました。

他力(TARIKI)ですが、

本人の努力はもちろんですが、その努力する姿が周りに影響して、周りの人も変わり前向きになり、その周りの人の努力が、本人へ良き風(縁をつなぐ)を起こす。〜これを「他力の風」と捉える〜

人生は出会い、

5年ごと人生の変化を振り返ると、まちづくりの仲間は、
熊本地球市民塾、九州平成義塾、環境ネットワーク熊本、熊本学園大公開講座、熊本県立大学公開講座、熊本県つばさの会、熊本アフリカの子供の日、フェトレード熊本、熊本市バス円卓会議、環境共生ネットワーク宇土、宇土の文化を考える会、住吉地域学教室、車椅子街角探検隊inうと、宇土市政を考える会、住吉サッカー教室、熊本県キッズサッカー協議会、宇土フットパス連絡協議会、等々。
が参加したり、主催しました。

今年は、防災士仲間の情報交換の場作りをやろうと思っています。

人生は出会い

つくづく思います。私に残された時間(人生)はどれくらいかわかりませんが、新しい出会いを求めて生きていければ、いいなぁ、と思います。