<一生勉強>「我(が)はある・強いが、相手の気持ち・境遇を考える度量はない」〜曽野綾子語録から〜

<一生勉強>「我(が)はある・強いが、相手の気持ち・境遇を考える度量はない」〜曽野綾子語録から〜

(長文です。お時間ある時にお読みください)

 おはようございます。朝ウォーキングの時間に目覚め、昨夜の天気予報だと小雨予想でしたが、歩けるか?期待を込めて窓を開けたら、やはり小雨が落ちていて、残念な気持ちになりました。なかなか、天気は思うようにはなりません。

 さて、せっかく目覚めたので、また寝るのももったいないので、昨日の続きで、枕元の曽野綾子さんの本『魂を養う教育   悪から学ぶ教育』を開きました。この本は、曽野さんの教育に関する文を集めたものです。

その中で、2005年8月に出版された曽野綾子著『悪の認識と死の教え』にある一文というか、一言を拾ってみました。

(以下、本より抜粋)

 しばしば人間は、悪い運が、自分ではなく人のところに行ったということに、密かに安堵や幸福感さえ覚えるのである。
 しかし教育はそのような素朴さを放置してはいけない。自分が受けなかった苦しみでも、自分が受けたのとできるだけ近い程度に感じることができるようにならなければならない。それは強烈な想像力・創造力を養うことで、初めて可能になる知的作業である。
 今も昔も、日本人が他民族より優れているかもしれないと思われる点は、自動的に相手の立場を思いやって行動することが可能な点であった。
(以上、『悪の認識と死の教え』より)

曽野綾子さんの15年前の言葉です。

 9年前、日本人というか、世界の人々が衝撃を受けた東日本大震災が起こりました。津波が街や農地、人を呑み込みました。その風景を"まるで映画のよう"と思った人は多いと思います。しかし、現実です。

>自分が受けなかった苦しみでも、自分が受けたのとできるだけ近い程度に感じる

あの被災した風景を見て、多くのボランティアが現地へ足を運びました。中には、そのまま移り住んで活動した人もいます。

 今、新型コロナウィルスの感染が、世界に拡大して、日本も急速に広がっています。

 まだ中国で広がっていた時、やがて日本に来るだろうと恐怖を覚えた。それが、急にイタリアから始まるヨーロッパのパンデミックになり、次にアメリカに拡大し、そして今、東京から急速に感染が拡大している。

 多くの人が、最悪のシナリオを描いていると思います。しかし、そんな中で、まだ感染者を出していない岩手県は、未だに"他所ごと"の意識から、マスクは売れ残るという。

 "明日は我が身"と、人とは考えないものだと思います。

>強烈な想像力・創造力を養うことで、初めて可能になる

この意識は、やはり体験無くしては、生まれないものだと、これまでのコロナウィルス感染の拡大に伴う、私も含めた人の行動を振り返ります。

また以下の言葉も、曽野綾子著の本にありました。

(以下、本より抜粋)

 最悪の人間関係は、お互いに人の苦しみには関心がなくて、自分の関心にだけ人は注目すべきだと感じることである。反対に、最高の人間関係は、自分の苦しみや悲しみは、できるだけ静かに自分では耐え、何も言わない人の悲しみと苦労を無言のうちに深く察することができる人同士何付きあうことである。
(以上、『悪の認識と死の教え』より)

>自分の苦しみや悲しみは耐え、人の悲しみと苦労を深く察する人

これは人の生き方、哲学なのですが、

我(が)はある・強いが、相手の気持ち・境遇を考える度量はない。

これを学ぶのが"教育"なのだと、曽野綾子さんの文から、ほんと!"人間一生勉強"だな、と思います。

外は、また雨音が強まり、風も出てき荒れ模様のようです。今日もコロナ感染者数が気になる朝です。

(最後まで、ご笑覧いただきありがとうございました)

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