世間の悪評は願ってもないこと。いわれもない非難と闘っている限り人間は堕落しない。逆境こそ人は成長する

世間の悪評は願ってもないこと。いわれもない非難と闘っている限り人間は堕落しない。~逆境こそ人は成長できる~

(少々長文です。お時間ある時にお読みください。)

おはようございます。「人の噂も75日?」はウソだという経験を過去4年させられました。市議会議員の2期目の選挙結果(最下位)から、「野口は次は出ない」という噂があったそうです。それを鵜呑みにして、平気で私に言った者がいました。

私は、「市議に出る時に語った公約を実現しない限り決してやめない」と明言しているのに、噂(悪評)を語るのは、世間が好きなことを経験しました。

曽野綾子の著書『自分の顔、相手の顔』に次の一文があります。

(以下、本より転載)

誰でも自分の評判というものは気になるものだ。しかし評判ほど、根拠のないものはない。私以外に私の細やかな事情を知っているの人はないのに、その知らない他人が私のことを言っているのだから、評判が正しいはずはないのである。それでいてその評判に動かされる人が多い。世間というものが眼に見えない力で圧力をかけるのである。
(以上、本より)

誰でも噂は好きなのです。私は、なるべく人の噂話には加わらないように努めてはいますが、やはり周りから「〇〇は、こんなドジをしたが聞いているか?」と確かめる(噂の確認)のをしてくる人は多い。噂話は好きだなぁ、と思います。

まして市議選挙となると、人を馬にたとえた競馬競争みたいなもので、噂の商品価値が高いようで、75日くらいで終わらないのです。

私は、最初の公約5つの内2つがまだ実現できてないので、三期目もやる気満々で動いていることを知らない人たちの噂(悪評)は尽きることない。

また曽野綾子の著書『湯布院の月』に、次の一文があります。

(以下、本より)

「世間の悪評」が、誰もほんとうに知らないままに先行しているという状態は、むしろ人間にとっては願ってもないほどいいものなのです。そのようないわれのない非難と闘っている限り、人間は堕落しないで済みますし、勇気に溢れているものなのです。
(以上、本より転載)

私は、この“根拠ない噂(悪評)”との闘いが4年続きました。でもその噂があったから、再選できたのかもしれない、と最近思い起こします。曽野綾子さんの言われる、

>いわれのない非難と闘っている限り、人間は堕落しないで済ますし、勇気に溢れているものなのです。

を経験しました。人は、逆境に在ってこそ、鍛われるのだなぁ、と痛感します。

最初の公約5つのうち4つが実現しつつあり、残り一つも先が見えてきています。またどんな課題が出てくるかわかりませんが、我が道を行くのみです。

話が長くなりました。ぼちぼち起きて、今日も一日が始まります。

*引用資料:曽野綾子編著『敬友録「いい人」をやめると楽になる』

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