現状は悲観的に、将来は楽観的に。現状は悲観的に、将来は楽観的に。

現状は悲観的に、将来は楽観的に。

おはようございます。天気が不安なので、ウォーキングは休止ししました。

今朝の読書、心理学者の故河合隼雄氏と将棋界の谷川浩司氏の共著『あるがままを受け入れる技術』の一節に、「現状は悲観的に、将来は楽観的に」の言葉に惹かれました。

(以下転載)
 本当はそのとおりですね。自分の立場だけで考えていると、必要以上に悲観的になってしまいがちです。少し視点を変えて、相手の立場で考えて見ることでずいぶん気が楽になることありますね。(略)

さて、立場とはなにか?

利害、許認可、運動、・・、地位は、その状況が変われば、何も拘束されない発想になります。

活動家のように使命感を持つ人にとっては、立場など関係ないことで、特に社会的な行動をしている人にとっては、立場などは意味のないものと思えます。

ただ、法の番人と自覚する行政マンは、それに固執した視点しかなく、社会改革の流れが読めないのは、とても残念でならない。

昨日、水俣病の認定裁判で、異なった判決がなされた。年数は違えど、勝訴した方は40年を要する判断に喜びもあると思うが、40年は人の人生にとって短くない時間と思います。

TPP参加は、日本社会を大きく揺るがすことは間違いないと思いますが、これも法律の関わる政治課題です。関税の壁は、地方の中山間地域を守って来ました。これを崩すのが、TPP 参加と思います。

また、衆議院議員選挙の一票の格差是正を考えると、地方切り捨てにも思えて来ます。国民主権から考えると、地方に使われる交付税は無駄も多くあると見えます。しかし、今の都市部を支えている人材の育成をしたのは、多くが地方なのです。それを、一概に数の論理で切り捨ててよいのか。

最近、先見力のある少数意見に注目しています。また、大衆とは何処にあるか?

社会は、価値観の変化で、少しづつ変改して来ました。それを導いているのが、献身的な社会活動家たちではないかと思います。先を読める人たちが、未来を暗くイメージすれば、社会は悲観的になります。

太平洋戦争前夜、様々な法律を作り、国民を戦争へ促した。現代の日本の繁栄は、その戦争を土台にして積み重ねられて来た。法は、それを支えてきたルールでもあります。しかし、複雑になり過ぎ、法の縛りでがんじがらめで身動きき取れずになっています。

考えても仕方がないので、将来を楽館的考えながらも、その対策(工夫)は、怠ってはならないと思います。谷川浩司氏の「現状は悲観的に、将来は楽観的に」は、思考の行き詰った時ほど、気持を前向きにさせる考え方かもしれません。

朝の日記を書いている間に、外は雨に代わりました。歩くことを課題とすると、今朝歩かなかったことは悲観的ですが、明日は、晴れるからまた歩けると思えば、気が楽になります。

常に降りかかる課題(条件)を、よき兆しと思い、楽観的な発想で物事に向かうことが、心を前向きにするのかもしれません。外の雨、だいぶ強くなって来ました。

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